十五話


 移動教室の後、廊下の曲がり角を曲がった時、目の前から来た女の子にぶつかった。

「わ、すみません」
「・・・・・・」

 わたしをキッと睨みつけると、何も言わずに去っていった。・・・ユリカちゃんだった。



「ねー、リカちゃん、ルーズリーフ貰っていい?」
「ん、いいよー。忘れたの?」
「忘れた、っていうか、なくしちゃった」
「なくした?」

 リカちゃんは数枚ルーズリーフをわたしに手渡してくれた。不思議そうな顔でこちらを見る。

「なまえ、この前買ったばっかりじゃなかった?」
「そのはずなんだけど・・・なんか見当たらないんだよね。どっかに忘れてきちゃったかも」

 買ったのも、つい先日。まだほとんど残ってたのに、丸ごと忽然と消えてしまったのだ。今日のところは仕方なく、リカちゃんに恵んでもらうことにする。

「・・・ね、最近なんかおかしくない?」
「え、なんかって?」
「だって、昨日も上履き無くなったんでしょ。おかしいでしょ絶対!」
「う、上履きは確かになくなったけど・・・でも他にはなんもないし! 偶然だよ、多分」

 笑って誤魔化すけど、リカちゃんは腑に落ちないような顔をしていた。
 ・・・実際、これだけじゃなかった。一昨日は体育のジャージが勝手に捨てられていた。それは掃除当番の子が気付いてくれて、取り戻すことができたけど・・・・・最近変なLINEも多いし、この間なんて教科書にカッターの刃が挟んであって、指先を切ってしまった。流石におかしい。でもリカちゃんに心配かけたくなくて、一先ずは黙っておくことにした。
 よくあるいじめ、とかそういうのなんだろうか。それにしても陰湿過ぎる。本当にちまちました嫌がらせばかりだ。でもクラスの子達は特に変わった様子は無いし、他クラスの子なのかな。でも、それこそ交流の少ないわたしには、他クラスの子に知り合いはほとんどいない。どうして、目をつけられたのか。・・・・・・心当たりは、一つだけだった。




「最初よりかなり上達したんちゃう?」

 昼休み、音楽室。流れる上品な音楽の中、今日も社交ダンスの練習をしていた。優しく握られていた手が熱く感じるし、何よりも距離が近くて。心臓の音が、うるさかった。

「本当? でも、まだ精一杯だよ。頭いっぱいいっぱいだもん」
「そうなん? 十分踊れとるよ、後は俺がリードしたるから、安心し」

 優しい声色が嬉しくて、自分の顔が赤くなるのがわかる。恥ずかしくて、うつむいた。


 忍足くんの誕生日プレゼントとして、文化祭の社交ダンスの相手を任されることになった。

「え、え? いいの?」
「跡部が毎年出ろ出ろうるさいねん。今年の相手誰に頼もうか思て、困っとってなあ」
「いやその、わたし社交ダンスなんてやったことないよ?」
「それやったら練習付き合うし。本番まで一ヶ月くらいあるやろ」
「え、あ、その・・・・・・いいの?」

 なんでもいいから、何かしたい! という強引なわたしに返された「社交ダンスの相手」というお願いは、さすがに想定の範囲外すぎて。嬉しい、嬉しいけど、信じられない気持ちが勝っていた。

「当たり前や、俺が頼んでんねんから。・・・みょうじがイヤや言うなら、無理にとは言わへんけど」
「い、いやじゃない! あ、その、頑張ります」
「・・・ありがとうな」




「この調子やったら、当日はもう大丈夫そうやな」

 椅子に腰掛けて、忍足くんはそう言った。そうだね、と相槌を打って、持ってきていたペットボトルに口付ける。
 あれからほぼ毎日、昼休みと忍足くんの部活がない放課後に音楽室で練習している。両手を繋ぐことも、距離がすごく近いのも、まだまだ全然慣れない。ドキドキで死にそう。でも、落ち着かない理由はもう一つあって。・・・視線が、すごくすっごく痛い。周りは男女一組のペアばかりだから、必然的にカップルだらけなわけで、お陰で忍足くんファンの女の子は居なさそうなんだけど、だからと言って好奇の視線から逃れられるわけではない。ましてや、”彼女を全員フった”と話題になったばかりだ。そのタイミングで、あの忍足くんが女の子と二人で居たら、噂のネタになるに決まってる。それも、日頃から目立つ方でもなかったわたしだ。今まで噂にも上がらなかったような女の子が相手となれば、みんな気にならないわけがない。
 最近わたしに頻出している嫌がらせのようなものも、これ絡みなのでは、と考えている。正直それしか考えられないし・・・噂を聞きつけた忍足くんファンが、わたしのことを面白くなく思うのは当然だと思う。最近校舎内で、なんとなく視線を感じることがあるし・・・自意識過剰かもしれないけれど。
 でも、この音楽室での視線は間違いなくわたしたちに注がれている。もうそれはそれは痛いのなんの。わたしはハラハラしっぱなしなのに、当の忍足くんは何も気にならないようで、涼しい顔をしていた。こういうの慣れてるのかな。

「忍足くん、教え方上手だよね。忙しいのに、ありがとう」
「ええねん、元は俺が頼んだことやからな。みょうじも委員会、忙しいやろ。体育祭、もう今週やもんな」

 忍足くんの声は、変わらず優しい。優しすぎて、何を考えているのかも、全くわからないのだ。





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