かりそめの陽だまり


ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリr

「うるさい」

パシン、と自己主張する目覚まし時計に手のひらをぶつける。
寝起き特有のふわふわとした感覚を掻き分けるように瞼を押し上げて手のひらの下敷きになっている時計を眺めた。7時34分、何の変哲もない、いつのも起床時間だった。

「……しごと」

今日もいつもと変わらない平々凡々の日常を送るために、枕に顔を埋めながらつぶやいた。

****

「そういえばさ、みょうじってまだ夢日記書いてるの?」
「……ん?ああ、書いてるよ」

お昼時、会社のフリースペースで同僚と談笑をしながらお弁当をつまんでいると、ふいに思い出したように同僚が尋ねてきた。

「アンタ三日坊主だから続くかしらって思ってたけど、案外続いてんのね」
「自分が進めてきたくせにヒドイ言い草だね……」
「事実をいってんのよ、事実を」

たこさんウインナーを口に放り込みながら、けらけらと笑う同僚をジト目で睨む。確かに自分でも自覚するくらいには面倒くさがりではあるが。
いつだかは覚えていないけれど、よく明晰夢を見ると他愛もない話の中でもらしたとき、じゃあ日記でもかけばいいんじゃない?と同僚に言われてから書き始めた夢日記は、いつの間にかノート数冊分になるまで続いていた。
あるときはアラビアンな町並みをふらふらと散策したり、あるときは超能力が溢れた世界をさまよったり、私は様々な夢の中を歩き回った。
夢は私にとって、平々凡々の日々から抜け出して刺激的な世界へと旅そのものなのだ。

「で?今日はどんな夢みたの?この前みたいな空飛ぶ鯨の上に乗ったとか?」
「んー……きれいな花畑でしろいお兄さんに会ってお茶会した」
「はぁ〜またメルヘンチックな夢を……そのしろいお兄さんってイケメン?イケメンだった?」
「さぁ」
「さぁってなによ〜!」

ちょっとぉ!っとテンションがあがり始めた同僚を目じりに、ふんわりと草原の中をとおりぬける風のような立ち振る舞いをしていた彼の顔を思い出す。
お弁当の最後のおかずである卵焼きを口に頬張りながら、そういえば、と気づいた。
夢の中でまともにおしゃべりをしたのは、彼が初めてかもしれない

****

眩しいけれどやさしく風にそよぐ花々を照らす日差しが降り注ぐ、まるで天国のような隔離された楽園の塔で彼はぼんやりと風に当たっていた。
彼は人間が好きだ。正確に言うと、人間が織り成す一生を物語という波紋として愛しているのだが、いまはそれは割愛する。
彼は人間が好きだ。世界から隔たれた遠い理想郷に幽閉されている彼にとって、人間が織り成す美しい波紋はことさら退屈な楽園にとって一番の刺激である。人々が織り成す波紋を手に汗握りながら眺め、時にはこっそりと反則技をつかって自分好みの波紋へと導いたりと彼は唯一自由の許された塔の中から、彼の愛するものを見続けてきた。
限りなく一方通行のつながりしか許されないはるか遠い理想郷で、彼は愛する人間たちを見つめていた。

そんな彼のもとに、思いも知れない客人がやってきた。

閉ざされた理想郷にひっそりと、まるで随分と昔からそこにたっていたかのように突然現れた彼女は彼を始めてみたとき、夜深い空を溶かしたような真っ黒な瞳をまん丸にしてこちらを見上げていた。
彼女は平々凡々が形どったかのような、普通の、どこにでもいそうな女性だった。
塔の中に招きいれ、他愛のない話をしながら彼はそう思った。だからこそ、彼は疑問に思った。ここに彼女はどうやってきたのだろうかと。
それとなく彼女にたずねてみると、彼女はきょとんとした顔をしたが、ひとつ息をついて当たり前のように言い放った。これは私の夢だから、と。気の抜けた笑顔でそう答えた彼女は、ひっそりと現れたのとは逆に気の抜けた笑顔を浮かべて煙のように消えていってしまった。

彼女と初めて出会った出窓で頬杖をつきながら、果てまで続く花の海を見つめる。ああ、またひょっこりとあのまん丸の黒い瞳がこちらを見上げてやしないだろうか、と花弁が舞い踊る風を頬に受けながら、魔術師は海の果てをみつめた。





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