君のノートと私の数式


ぎり、と手首をつかむ力がすこし強まった。へらへらと笑うあたしの瞳には猜疑心から嫌悪感に移り変わったカゲヤマくんの瞳が映りこむ。ああ怖い怖い。

「いたいよカゲヤマくん、離してよ」
「いますぐみょうじさんから出て行け」
「やだよ、だってもらったんだもんこの体」
「は?」

へらへらと笑う私の言葉にいぶかしげな顔をするカゲヤマくん。なにいってんだこいつ、と顔に書いてあるような表情でこちらをみてくる彼に、へらりと笑って答えてやる。

「みょうじ#なまえはもう体はいらないんだって、だからあたしがいらないなら頂戴っていったらくれたんだよ」
「……なにを言っているんだ」
「なに、って本当のこと」
「ふざけるな!」

至近距離で叫ばれ、思わず顔を顰めた。カゲヤマくんの顔は怒り一色になっていて、よくそんなに百面相できるものだと感心してしまう。手首をつかむ力がまた強まって、だんだんと指先の感覚がなくなってきた。ちらりとつかまれた手首に視線をなげて、あたしはふたたびへらりと笑った。

「ふざけてないよ」
「みょうじさんがそんなこと言うはずがない、出鱈目だ」
「そう思うならご勝手に……いい加減離してよカゲヤマくん、お昼休み終わっちゃうよ」
「駄目だ、みょうじさんの体からはやく出て行け」

面倒くさいな、こいつ。へらへらと笑う口元がゆがむ。カゲヤマくんはカゲヤマくんで険しい顔のままこちらを睨んでくるし、自体はまさに膠着状態というやつにはいった。めんどくさいやつにばれたものだ、本当に。どうしようかと考えていると、ピーン!とまさに頭の上に電球が出現したかのような閃きが舞い降りた。

「じゃあ、カゲヤマくんが追い出してよ、あたしのこと」
「……なんだって?」
「言葉のまんま、そうだなぁ……一週間、一週間であたしをみょうじなまえから出て行こうと思わせたらカゲヤマくんの勝ち」

おもしろいでしょ、ゲームみたいで。われながらいい案ではないか、と笑いながらそういうと、カゲヤマくんは少し考えるようなそぶりを見せてから、ひとつうなずいた。

「……いいよ、そのゲーム受けてたつ」
「やった!交渉成立ってやつだね」
「一週間、君をその気にさせればいいんだな」

カゲヤマくんはやっとのことあたしの手首から手を離すと、念を押すようにそう言った。そうだね、としびれた手首を揉み解しながらうなずく。まぁその気にだなんてならないけれど。
まぁせいぜいがんばって、とでも言おうかと思ったと同時に、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「もうそんな時間か…戻らないと」
「そうだね……ばいばいカゲヤマくん、授業がんばって」
「は?君もいくんだろ」
「あたしは今から日向ぼっこするからいきませ〜ん」

ばいばい、とカゲヤマくんに背を向けて昼寝によさそうな場所を探そうと歩きだすと、がっしりと肩をつかまれて強制的に回れ右をさせられた。いや話せよ、あたしは今からお日様に抱かれながら寝るんだ。くそみたいな授業になんて出る気はない。

「ばかなこといってないでいくよ」
「ばかなことを言っているのはカゲヤマくんだよって離してあたしは昼寝するんだからはーなーせー!!」

うるさいさっさと歩いて、といわんばかりにカゲヤマくんはあたしの肩をがっしりとつかんで強引に屋上から教室まで引きずっていった。

教室につくとちょうど授業が始まるかくらいの時間だったようで、ほとんどの生徒が着席していた。あたしとあたしをぐいぐいと大きな荷物のように押して入ってきたカゲヤマくんが教室に入ると、ざわついていた教室が静かになっていっせいに教室中の視線が集まった。そんなクラスメイトの様子にどんよりとした黒いものがとぐろを巻き始めたが、同時に先生が教室に入ってたことでクラスメイトの視線がそちらへとずれた。ひっそりと胸をなでおろしながら席に着くと、カゲヤマくんもあたしの隣の席についた。君、席となりだったんだね。これはめんどくさいことになりそうだ。
テキパキと授業の道具を取り出していくカゲヤマくんを横目でみながら朝と同じように机にうつぶせになろうとすると、すかさずカゲヤマくんにわき腹をつつかれた。なんだ鬱陶しい、と視線を向けるとちらりと先生のほうを気にしながら小声で話しかけてきた。

「寝るな、ちゃんと授業をききなよ……教科書は?」
「別にあたしの勝手じゃん、教科書はいらないから捨てた」
「捨てたって、君は馬鹿なのか?」

信じられない、とでも言いたいような視線を向けながらそう言ったカゲヤマくんを無視して机にうつ伏せになる、そもそも授業なんて受ける気はさらさらないのだ、こんなんだったらお日様がさんさんに降り注ぐ屋上で昼寝をしていたほうが有意義だったのに、とまぶたを落としながらぶつぶつと心の中でつぶやいていると、がたがたと机が揺らされて、頭の上にスコンッと何かが落とされた。

「!?」
「だから寝るな、教科書なら僕がみせるから君はノートをとって」
「ノートも筆箱もない」
「むしろ君の鞄にはなにがはいってるんだ……」

ほら、裏紙とシャーペンかしてやるから。カゲヤマくんはあたしの机に自分の机をくっつけて、真ん中に教科書を置きながらそう言った。いらないよ、といったがいいからかけとシャーペンと裏紙を渡されてしぶしぶ板書されている数式を書いていく。どうやら今の授業は数学だったようだ。

「カゲヤマくんめんどくさい」
「それはよかった」
「は?」

ぼそりとつぶやいた言葉に、カゲヤマくんはすこし嬉しそうにそう答えた。なにいってんだこいつ、とカゲヤマくんをみるとしてやったり、みたいな顔をしてこちらを見ていた。


「だって、ようは一週間君が嫌がることをすればいいんだろ?」





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