「…い、いいの?」

「…へ?なにが?」
「いや、だから下の名前って…」
「………ぁ」

そうか。

そうだった。
すっかり忘れていたけれど、そういえば小村君に名前で呼ばれたことは一度もない。
というか、付き合いの長い風太にすら呼ばれていない。物凄く昔はよーちゃんって呼ばれていた気がするが。

「名前で呼んでいいのか?」
「う、うん…別に」

いやいやなんだよ小村君。
付き合ったばっかりのカップルじゃあるまいし、そんなもん勝手に呼んでいいに決まってるだろ。しかも犬の話だし。
さくっと流してくれないから変な空気になったじゃないか。

「えへへ、そっか」

小村君はなんか照れるなあ、とはにかみながらふさふさを抱き上げて目線を合わせた。






「陽介」






にっこり微笑んで、普段にも増して優しい声で小村君が僕の名前を呼んだ。


(なんだ、なんだこれ)


体温が急激に上がる音が耳の裏側あたりから聞こえてくるようだ。

やばい、思ったより照れくさい。
うわああああ。

「…照山?」
「えぁ!?…っな、なに!?」

小村君がふさふさを持ったまま僕の方を見て不思議そうにしている。

ああうんそうだ、僕は照山なんだった。
そう思ったら凄く安心して、だけど何か納得がいかないような変な気持ちになった。
何だろう、きまりが悪いからだろうか。

「なんか大丈夫か?」
「う、うん大丈夫…でもやっぱりその犬の名前は照山でいいかな」
「あれ、そう?」
「だ、だって…ほら、よく考えたらさ、今まで照山って呼んでたのにいきなり名前を変えたらソイツが混乱しちゃうかなって」
「あ、確かに」

どうだ僕のこういう時限定で発動する頭の回転の早さ!
慌てて言った割には正論だろう。

「だろ?…それで、そのままだと紛らわしいから『テルヤマ』って呼べばいいじゃないか」
「は?」
「あー…だから僕は『照山』で、犬を『テルヤマ』にするってこと」
「い、いや何言ってるんだ照山…どっちもおんなじだろ?」
「読んでる人が混乱するから文字の表記を変えるんだよ」
「…え、読んでる人?文字?なっなんのことだよそれ!?怖いよ照山!!」

小村君はいまいち裏事情を解っていないようで、話しているうちに説明がだるくなったのでとりあえず本日二度目のチラシアタックをお見舞いして無理矢理納得させた。

念のため言っておくが、僕は基本的に暴力反対派である。


##おわり!

※後日談

小村
「照山ぁ…」

照山
「どうしたの?」

小村
「テルヤマ…いなくなっちゃったんだ」

照山
「え、なんで!?」

小村
「あいつ野良じゃなくて迷子だったらしくて…飼い主さんのとこに…か、帰っ…ううっ」

照山
「うわああ泣かないで!!きっとテルヤマは幸せだったよ!!」

小村
「ぐす、ひっく…照山ぁ〜!!」


「…なあ華火、あいつら照山照山って何の話してんだ?」

白石
「さあ…」



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