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カナとの籠りの修行を始めて一週間。
新技は二つもできて、カナの新技開発は想像以上のペースで進んでいた。
オレはそばでその様子を見守りながら、やはりこの子は他の上忍とは一線を画しているなぁと日々感心をしていた。
──が、しかし、修行が終わった後の彼女の抜け具合もまた想像以上だった。

「えーっと、これが昨日のおかずっと……」

それは毎日の恒例になった夕飯作りでのことだった。
修行生活二日目あたりでカナの料理の腕が壊滅的なことに気付いたオレは、彼女よりも先輩であるにもかかわらず、すっかり三食の飯炊き担当になっていた。
正直手伝われる方が危なっかしいので、大人しくテーブルに着席して待っていて欲しいくらいだったが、「先輩だけに夕飯を作らせるのは申し訳ないから手伝いたい」という彼女の気持ちを尊重し、簡単な作業をお願いしていた。
例えば、昨日の残り物を二人分の皿に取り分けてレンジであたためて貰う、とか本当にそういうレベルのことだ。

「先輩、ラップ見当たらないんでもう適当にチンしていいですか?」
「え?昼に右の棚の方で見たけど無い?」

今日もカナには昨晩の残り物をタッパーから今日食べる分だけ取り分けて、電子レンジで温めてもらおうとしていた。どうもラップが見当たらないらしく、オレの後ろを何度も行ったり来たりしていた。
丁度その時、オレは奥からたこ焼き器を引っ張り出そうとキッチン下の収納へ頭を突っ込んでいたため手が離せず、心当たりのある場所を口頭で指示する。
しかし、そこを見ても見つからなかったのか、カナは「やっぱり見つからないんで、適当にやっときますね」と言って、バリバリと音を立てて何か作業を始めたようだった。
バリバリ?──その音に違和感を感じ、頭を収納から出してカナを見るとオレは目を疑った。
ラップをかけるようにアルミホイルを被せた皿を、電子レンジに入れ、今まさにあたためスタートのボタンを押そうとしているところだったのだ。
オレは一気に全身の血の気が引いていった。

「やめるんだ!そのまま温めたらスパークするぞ!」

慌てて彼女を制止すると、幸いまだスタートボタンを押すには至らず、オレはほっと胸を撫で下ろした。

「え、そうなんですか?」

彼女は初めて聞いた、といったような顔でオレを見る。
どうやら電子レンジでアルミホイルを使用してはいけないことを知らなかったらしい。

「チンするときはアルミホイルはご法度よ?本当いつもどうやって生活してるのよお前は……」
「そこまで言わなくたっていいじゃないですかー」
「あぁ、ほらそこにあるじゃないラップ。これ使ってチンしてよね」

ため息をつきながらラップを手にとり、彼女に手渡す。
オレに小言を言われて少々ご立腹なのか、カナは皿にラップをかけなおして電子レンジで温め始めると、唇を尖らせながら回るターンテーブルを眺めていた。

今晩はいつもと少し趣向を変え、たこ焼きパーティーにした。普通の食事よりもなんとなくその方が楽しそうだと思った。それだけの理由でだった。
案の定、カナは途中までふてくされていたものの、たこ焼き作りが始まるとコロッと機嫌を直して子供のように夢中になっていた。

「おっとっと……あれ、これ生地入れすぎですかね?」
「大丈夫だよ、そのまましばらく触らないでおけば綺麗に固まるから」

油をたっぷりと馴染ませたたこ焼き器に生地を流し込むと、カットしたタコやねぎ、天かす、それからチーズやウインナーなどのちょっとした具材を各々好きなように埋め込んでいく。
カナは彼女らしく、なにやら具をてんこ盛りにした謎のタコ焼きを大量生産していた。
あんなに入れて具の味が喧嘩しないかちょっぴり心配になってしまう。
オレは缶ビール片手にのんびりと生地が焼けるのを待った。

「たこ焼きなんて久しぶりだなぁ」
「少しずつ焼けてきましたね!早くくるっとしたいんですけど」
「まだ早いよ」
「えー?でもこれなんかもういい感じじゃないですか?」

ちょっぴりせっかちなカナは我慢できなかったのか、「えいっ」と一つのマスをひっくり返した。やっぱりまだ早かったのか、ぐちゃっと潰れたようになってしまう。

「あれ、なんかめっちゃ汚い仕上がりなんですけど」
「だから言ったじゃないの。もう少し待てって」

悔しそうにオレを見るカナに、つい笑みが溢れる。
この共同生活にも随分慣れたものだ。
オレもカナも、随分とリラックスした関係を築いていた。
最初はあんな調子だったので、ふとした事で彼女を過剰に刺激してしまわないかと心配だったが、それも取り越し苦労に終わった。今や風呂から上がって二人で食卓を囲むこの時間が、ちょっとした楽しみですらあった。

「そんなに言うならお手本見せてくださいよ」
「いいよ」
「綺麗に出来なかったら罰ゲームで」
「やだよそんなの。綺麗に出来ても何の得も無いじゃない」
「じゃあとりあえず完璧なお手本をお願いしまーす」
「……はいはい、」

カナに煽られ、仕方がないので頃合いが良さそうなマスを慎重に見抜き、半分だけ動かしてしばらく様子をみる。そして、焼けたかなと思ったところでくるっと返して見せた。先程よりも加熱時間が長いこともあって、綺麗な丸い形に仕上がっている。
カナはそれを見ると、大したことでもないのに「すごーい!」と目をキラキラと輝かせてオレに拍手を送った。

「よっ!たこ焼き奉行!」
「はいはい。じゃあ後は焼けてそうなところから今みたいに半分ずらして少し置いてからひっくり返してね」

オレはとりあえず自分のピックを置いて、昨晩のおかずに箸をつけた。

「カカシ先輩って本当なんでもできるんですね」
「そんなことはないよ」
「完璧すぎて息苦しいってフられたことありません?」

カナが全部のマスのたこ焼きを半分ずつ返しながら言った。
ストレートすぎる物言いに、思わず食べ物が変なところに入ってむせ返る。
慌ててビールを流し込んで呼吸を整え彼女を見ると、オレの方は一切見ておらず、たこ焼きだけを一心に見つめていた。

「カナって、褒めたあと崖から突き落とすタイプ……?」
「思ったことを言ったまでです」
「余計に傷つくんだけど」

オレの手前のたこ焼き達がいい感じに仕上がってきたので、反対までひっくり返した後、ひょいとピックに引っ掛けて彼女の皿と自分の皿へ半分ずつ移す。カナはお礼を言って、嬉しそうにオレを見た。それからソース、マヨネーズ、かつお節と青のりで丸い塊を丁寧にデコレーションすると、もっと嬉しそうな顔でたこ焼きを見つめていた。
彼女に続いてオレもソースなどをかけて仕上げると、二人で改めていただきますをして熱々のたこ焼きを頬張った。
縁日の屋台を思い出すような、素朴な味だった。悪く無い。
カナは勢い余ってまた口の中をやけどしたらしく、一生懸命冷たいお茶を飲んで口の中を冷やしていた。

「そういえばカカシ先輩って、どんな女の人がタイプなんですか?モテそうなのにあんまり浮いた話聞きませんよね」
「好きなタイプか……」

考えたこともなかったな──それが率直な感想だった。
オレもそこそこの年齢なので、相手の方から言い寄られて付き合ったりした頃もあったが、日頃任務に追われるばかりで恋愛のことなんて真剣に考えられる筈もなく。
気付いたら何故か別れを告げられていることが増え、いつの間にか自ら恋愛を遠ざけるようになっていた。
ラーメン屋でカナに女に興味が無さそうと言われたのも、それが原因なのだろう。

「美人系?可愛い系?」

カナは空いたマスに生地を流し込みながら尋ねる。

「そういえば、あんまり考えたこともないね」
「えー?それじゃあ何がきっかけで相手のこと好きになるんですか?」
「うーん……オレは一目惚れとか、そういう衝動的な感情に左右されるタイプじゃないからなぁ」
「とか言って、どうせ綺麗な子としか付き合ったことないんでしょ〜」
「まぁ見た目がいいに越したことはないけど、そこまで拘らないよ」
「それは一定以上の水準の人としか付き合ったことのない男のセリフですね」

彼女は新たなたこ焼きを作るべく、忙しく手を動かし続けていた。この間もやっぱりオレの方なんて見ずに、たこ焼きに夢中だ。
オレはこっそり、心の中でカナに「たこ焼き職人」というあだ名をつけた。これを彼女に言ったら、きっとまたいい反応をするのだろう。
早く試してみたい所だが、カナが全然オレの方を見ないのでちょっぴり寂しくなって、オレも彼女から視線を外した。

「そんなことないってば」
「じゃあ、ここは譲れない!とか◯◯フェチだ!とかないんですか?」
「うーん、強いて言えば……」

ここ最近、女性に対していいなと思ったことをざっと思い返してみる。
けれども、しばらくカナと顔を突き合わせているからかほとんど浮かんでこない。決して彼女に魅力がないというわけでは無いが、修行中心の生活でカナ自身もそういう女らしい部分を見せないのだ。
きっと、共同生活をしているが故にわざわざそうしているのだろう。オレが変に気を使わないように、と。
ビールの缶に口をつけ、中空を見つめながら考え込むと、つい最近一つだけあったのを思い出した。

「そうだ、うなじが綺麗だといいなぁと思うかもね」

何度か見たカナのあの白いうなじが頭の中にパッと浮かんだのでそう答えた。勿論、彼女のうなじがそれに該当するということは内緒だ。
当の本人は「やだ、なんかおじさんくさい……」と顔をしかめていた。その低めの声のトーンが、ぐさりとオレの心に刺さる。
オレは半ばやけになってビールをあおり、缶をあけた。

「まぁ好きになった人がタイプってやつですか」
「そんなとこ」
「選べる側はいいですよねー」
「選べたとしても、恋愛なんかしてる時間なんてないからね。無意味だよ」
「あ、今否定しなかった!」
「例え話でしょうが……」

話の展開が面倒になってきた。
カナは勝手にオレが遊んでいるみたいな前提で話をしてくるし、心なしか機嫌もだんだんと悪くなってきているような気さえする。こういう時は一度オレの話題から離れるのが一番だ。
オレは、「そういうお前はどうなのよ」と話題を彼女へ振り返す。

「先輩と修行ばっかで出会いもなければ疲れて合コンもいけないし、あれ以来ときめきなんてないですよ」
「そりゃ残念」

皿に乗っていた最後の一個を口へ放り込む。
次の玉を補充する為、オレは箸を置いてたこ焼き職人に徹することにした。

「いい男がいたら紹介してやろうか」

カナが途中まで返していたたこやきをくるりと返しながら言った。

「えっと、私のタイプはですね!身長が高くて、クールだけど優しくて、イケメンで、まめな人がいいです!」
「へぇ、そりゃ頑張って」
「あー!その態度、私には無理だってことですか?!」

カナは、彼女の皿に乗っていたたこやきを二つも口に入れながら反論する。行儀は悪いが両頬がぷくっと膨らんでリスのような顔になり、オレは思わず頬が緩む。
しかし、カナから見たらこのオレの微笑みが彼女を小馬鹿にしているように見えたらしく、さらにプンスカ怒ってオレが大切に育てていたたこ焼き達を片っ端からかっさらっていった。
色恋の話の悔しさを食い意地で晴らしてくるなんて、なんともカナらしい。

「まめなイケメンってのは大抵女好きかつ口が上手い。お前みたいなお子ちゃまはすぐに騙されて泣くのが目に見えてるよ」
「お子ちゃま?!レディに向かってひどーい!」
「もうすぐにプンプンするんだから……レディだったらもうちょっとおしとやかにしてよ。ほら、もう一つたこ焼きあげるから」

オレは彼女を宥めると、出来立てホヤホヤのたこ焼きを彼女の皿へ乗せてやる。
するとカナはこくこくと頷いて、静かになった。
少しだけ機嫌を直してくれそうな彼女の様子に安堵すると、オレはマスに油を塗りなおし、また生地を流し込んでいく。

「じゃあ聞きますけど、私にはどんな人が向いてると思いますか?」

少し大人しくなったカナが、熱々のたこ焼きを冷ましながら訊ねる。オレは具を生地に乗せながら、その質問を少し真面目に考えてみた。
まずはこのせっかちでおっちょこちょいな性格を見守れる寛容さと、少しくらいの失敗なら笑い飛ばせる包容力が必要だろう。それから、彼女をきちんと思いやってあげることができる奴。
意外と人に気を使ったり、細かいことを気にしたりする節があるから、自分優先の男じゃあカナとは上手くやっていけないだろう。

「穏やかで面倒見がいい、包容力のある男ってとこかな」
「そんな人いますかねぇ……」
「見た目ばっかりじゃなくて、きちんと相手の内面を見てみたら案外身の回りにいるんじゃないの?」

不意にカナが変な顔をした。まるで喉に魚の小骨でも引っかかったような、何かに対してモヤモヤしているような表情だった。
それから、しばらくたこ焼き食べながらオレの顔をじっと見つめる。

「なに、オレの歯に青のりでもついてる?」
「……いえ、別に」

カナはその日、そのまま急に静かになって、様子がおかしいまま食事を終えた。
しばらく食後のお茶を飲みながらゆっくりしていると、いつもは一緒に片付けをするのに、カナが急に立ち上がって「今日の片付けは私がやりますね」なんて言い始める。

「どうしたの、急に」
「いえ、大丈夫ですから。カカシ先輩はもう休んでください」
「どういう風の吹き回し?怖いんだけど」
「もう、せっかく人がやる気になったのに一言余計ですよ」
「はいはい。後輩がやる気になってくれて先輩は嬉しいよ」

さっさと休まないとまたプンスカ怒られてしまいそうなので、そそくさとリビングへと退散する。
ふかふかのソファの上で愛読書に目を落としながら彼女の様子を伺っていると、慣れた手つきでテキパキと片付けていた。こういうところは案外しっかりしているので、いつもびっくりしてしまう。
何故だか惹きつけられるものがあった。どれだけ彼女のことを見ていても飽きない。そんな不思議な魅力だった。

終わった頃にキッチンへ顔を出し「ありがとね」とお礼を言うと、彼女は明らかに嬉しそうな顔で「別に」とぶっきらぼうに言った。
あまりにも表情と言葉がずれているので、つい可笑しくなってふふふ、と笑ってしまった。

「カナ、それツンデレのつもり?」
「先輩なんかにデレるわけないじゃないですか!……片付け終わったので私も部屋で休みます」

まさにツンデレが言うことなんだけどなぁ、と思いながら二階に上がっていくカナをそっと見守る。

「今日もありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

階段を上りきったところで彼女がくるりとこちらを向いてお辞儀をしながら言った。今度は急に素直になったカナに、オレはどうしてだかどぎまぎしてしまう。

「あぁ、ゆっくり休めよ」

本当はもっと気の利いたことを言いたかったのに、そんな言葉しか出てこなかった。
カナは少しだけ微笑むと、静かに部屋へと入っていった。オレはその後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場で立って眺めていた。


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