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▼ 雄牛(異常設定)



※近未来

昨今の著しい治安悪化を受け、政府は新しい懲罰を発表した。遺伝子操作により体内で牛と変わらぬ乳が出来るようにし、家畜として酪農に従事するというものだ。雄牛の乳はペニスから排出され、そのためには性的快感が必要となる。
「凄いな…。」
視察にきた人間農場では、宙に吊られた男のペニスに搾乳器が取り付けられ、尻には得体の知れない物体が入っていた。男は身をよじりながら、ひっきりなしに白い液体、牛乳を生産していた。それが何人、いや何頭となしにいる。
「これでよく壊れないな。」
「牛ですから多少頑丈に改造してあります。精神は壊れたところで味や品質に影響はありませんよ。」
案内を引き受けてくれた作業員はこう続けた。
「まぁ、こいつらは大概向こうのスラムの出が多いですから。温度調節や衛生、そういったものが完備されてないところで生きてきたなんて…その時点で我々と違う生き物と見ていいんじゃないですか?」
向こう、分厚い壁の向こう側はこちらとはまるで違う世界だ。有害な雨から守ってくれるドームも全自動の温度調節も衛生的な食べ物もない、そう聞かされている。なぜ壁で分けられているか明確な理由は明かされていない。そんな環境で自分が法を犯さずにいられるかと聞かれれば、間違いなく、
「ん?あれは?」
ふと、牛舎の隅、狭い檻に入れられた牛を見つけた。確実な敵意を持って向けられる視線は、家畜のものというより野生の獣のようだった。敵意と警戒が入り混じったようなそれが。
「ああ、あれは調整がうまくいかなくて、処分しようかと思ってるんですよ。
ろくに乳が出なくて………でもなまじ牛なもんですから始終乳を垂らしてて、奴隷にも使えそうにないんです。」
近寄って見ると、その意志に溢れた目が濡れているのが分かる。檻の床には乳が垂れていた。
「あんまり近づくと噛みつきますよ。」
作業員の言葉を無視して、指を檻に入れた。本当に牛が噛みにかかってきたので、直前で指を引き抜く。がちんっと牛の歯が虚しく鳴る。牛に目を合わせようとすると顔面に唾を吐かれた。
「この牛…!」
「別にいい。ところで処分とは具体的に何をするんだ?」
いきり立つ作業員を制し、気になっていたことを尋ねた。
「殺処分ですよ。決まってるでしょう?」
作業員の言葉に牛の目がゆらぐ。唇を噛んで下を見ている牛、生殺与奪権が人間に奪われてしまった家畜。
「死にたくないか?」
牛はこちらの質問にじっとり目を合わせてくる。死にたくない、この人間の意図が分からない、不愉快だ、苦しい、どうして自分が。それら全てが混ざったような荒んだ目だった。

「買い取ってやろうか?」

この発言に驚いたのは作業員も牛も同じだった。
「あの、この牛は牛としても奴隷としても使い物にならないかと…。もっとちゃんとした牛が他にたくさん…」
「どうする?」
作業員を無視して牛に問うと、瞳のゆらぎが大きくなった。生きるためには、受けるしかない。だけれども、その後に何があるのか牛には予測もつかない。不安と期待と哀切、それを混ぜて固めて磨けば、牛の瞳と同じ色になるのだろうか。指を檻の中に入れると、その色が向けられる。
「吸え。」
驚いたような苛立ったような表情を牛はした。しばし逡巡した後、―メリットもデメリットもない、これしかないのだから。生の魅力には何者も抗えない。牛は母牛の乳を吸うように指に吸い付いた。



牛入りの檻をそのまま別邸に運ばせた。部屋の中に搬入されても牛は忙しなく辺りを見ていた。檻から出してやった後の、牛の第一声は「変態」だった。
「驚いた。牛舎では喋らなかったものだから、声帯でも抜かれたかと思っていたのに。喋れるのか。」
「あー、変態じゃなかったらお前は一体何だ。まさか動物愛好家か?だったら早く解放してくれよ、先生様。」
牛はこちらの話を無視してまくし立てる。随分とひねくれた家畜らしい。
「解放、か。乳を垂らしながら、勃起させながら、どこへ行くって言うんだ。」
それは改造牛の生理現象ゆえに本人の意識とは無関係のところにあるのだが、牛は恥ずかしそうに押し黙った。実際今も乳がポタポタと床に落ちている。

つづく?





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