噂話


   貴澄くんが今日は水泳部の練習がないという情報をサークルの先輩経由で調べてくれたらしい。ありがとう貴澄くん。持つべきものは顔の広い友達だ。役に立たなくて本当に申し訳ない。
   講義が終わる頃には真琴くんからメッセージが来ていてもう既に霜学に来ているらしく、貴澄くんの情報が間違いなかったことも確認済みらしい。授業終わってからすぐにメッセージを見ておけばよかった、と小さな後悔をする。そうすれば今こうしてプールを眺めていることも無かったのに。

「……今日も来てたんだ。部活なら休みだけど」
「うわっ?!い、郁ちゃん?!」

   スマホを閉じた途端に後ろから降ってきた声。ばっと振り向けばそこには今日の目的である郁ちゃんが立っていて、二度目の急な再会に身体が硬直した。そしてすぐにはっとする。フリーズしている場合ではない。

「あれ?休みならどうしてここにいるの?」
「……自主練。大学選抜も近いしね」
「そ、そっか。そうだよね」

   相変わらず熱を持たない郁ちゃんの瞳に思わず怯んでしまう。中学のときの郁ちゃんはもっと優しくて、あたたかくて……だめだ。昔の郁ちゃんを探している場合でもない。ってゆうか、あれ?

「……今日も?」

   さっき何気なく放たれた一言が引っかかった。そんな言い方じゃあまるで、私が水泳部を覗いてたことに気がついていたみたいだ。

「ナマエがたまに見に来てたのは気づいてたよ。練習終わったあとはいつもいないけど」
「え?」

   どうやら私の予想は当たっていたらしい。終わったあとはいつもいないって、もしかしたら少しでも私のこと探してくれてたのかな。自惚れて喜ぶ反面でおかしいとも思った。私は待ち伏せていたのに、どうして一回も会わなかったんだろう。顎に手を当てながら考えると、別のことに気がついた。

「郁ちゃん、どこか調子悪いの?」

   顔色がどことなく悪いような。距離を詰めて顔を覗き込もうとする。けどそれは郁ちゃんがするりと隣を通り過ぎてしまって叶わなかった。

「ナマエは、ハルのことだけ気にしていればいいんじゃない」

   ……遙のことだけ?

「それってどうゆう…」

   その疑問は郁ちゃんに届いたかもしれないけど、返事は無く、更衣室のある方へ歩いて行ってしまった。言葉の意味は分からない。分からないけど、構わないでほしいと遠回しに言われていることは分かる。

『だからこれからも応援してて』

   そう言ってくれたのは郁ちゃんなのに。真琴くんから自主練が終わるまで学食で待ってるという着信が入るまで、私はそこを動けずにいた。

/

「あ、ミョウジさん!だよね?」
「はい?」

   三人が待っている学食に入ってすぐ、近場のテーブルにかけている三人組の女の子に声をかけられた。顔を見ても名前と顔が誰一人一致しない。どこかの授業で一緒だったかな。
   首を傾げて彼女たちを見ていると「まあまあ座って座って」と何故か空いてる一席に座らせられる。約束している三人が奥の方に座ってるのが見えるけど、夕方まで郁ちゃんの自主練が終わるの待つらしいし、まあいいかな。そう思って女の子たちの話題に耳を傾けることにした。

「ミョウジさんってこの前、鷹大の七瀬くんの応援来てたよね!」
「え?うん、行ったけど…」

   目をキラキラさせて正面に座る子が尋ねてくる。応援っていうのはこの前の新人戦のことを指しているのだろうか。分からなかったので曖昧な答え方をしてしまう。

「私たち水泳部の一年なの!ミョウジさんって一年生の中で可愛いって評判だから、この前の新人戦来てるの見てびっくりしたよ〜!」
「ね!そしたら鷹大のフリー超速い人応援してるし!」
「絶対付き合ってるって思ったよねー!」
「鷹大の水泳部の子がこの前鷹大でミョウジさんのこと見たって言ってたし!」
「今水泳部では結構噂になってるんだよ〜」
「あそこにいるのも七瀬くんでしょ?もしかしてミョウジさんに会いに来たの?!」

   きゃっきゃっと楽しそうな彼女たちの飛び交う会話のスピードについていけなくて口を挟む隙間もない。困っていると疑問系で投げかけられて、三人から期待の眼差しを向けられた。その期待に答えられないのは本当に申し訳ないのだけれど。

「七瀬くんとは中高と一緒だったの。六年間クラスも一緒だったから仲が良くて。今日いるのは、ちょっと別件なんだけど」
「六年ってすご!え?付き合ってはないの?」
「ええと、残念ながら」
「なーんだ。あ、じゃああの二人のどっちかが彼氏?」
「背高い子いるよね!」
「もう一人鷹大の水泳部の人もいるよね!」
「今は誰とも付き合ってないよ〜」

   はしゃぐ彼女たちが可愛くて、思わず顔が綻んだ。すると今まで盛り上がっていた三人の会話がぴたりと止み、代わりにぽやぽやとした視線を向けられる。あれ、笑うタイミング失礼だったかな。
   頭に疑問符を浮かべながらその視線に耐える。それにしても遙の応援に行くだけで水泳部で噂されているとは、なんだか複雑な気持ちだ。……あれ?水泳部と噂。ひとつ気になることが思い浮かんだ。

「さっきの噂って、もしかして郁、じゃなかった、ええと…桐嶋くんも知ってるのかな…?!」

   彼女たちに負けず劣らずの食い気味さで問いかける。さっきまできっと私がしたであろうきょとんとした顔を今度は彼女たちがする番だった。

「桐嶋くん?どうかなあ」
「男子と話してるときに近くに居たかもしれないけど、もし聞いてても興味無さそうだよね」
「だよね。桐嶋くんってなんか冷めてるし」
「男子たちともあんま遊んでるイメージ無いよね」
「……そっか」

   どうやらあまり接点はないようらしい。中学のときの郁ちゃんは遙たちと部活以外でも楽しそうにしていたのに。今はそれすら無いのかも。あんな風に笑う郁ちゃんはもう見られないのだろうか。

「ミョウジさんって、桐嶋くんのこと好きなの……?」
「エッ」

   また彼女たちの目にキラキラしたものが戻ってきたと思えば、思ってもみない質問をされた。郁ちゃんのことはもちろん大好きだけど、会話の流れからして求められているのはそうゆう好きではないのだと悟り、慌てて両手のひらを振って否定する。

「ち、ちがうよ!そうじゃないよ!そうじゃないけど、ただ、ちょっと、少し、あの、桐嶋くんに、誤解されるのは……嫌で…」

   語尾がどんどん弱まっていくのを自覚する。もしも郁ちゃんがあの言葉を選んだ理由の中に、誤解が少しでも含まれているのならちゃんと訂正したい。遙のことだけ気にしていればいいなんて、言わないでほしい。私はずっと郁ちゃんのことを応援していたんだから。
   そう思いながら、頭のなかで今の郁ちゃんの姿が浮かぶと、なんとなくそれだけじゃないような違和感があった。

「やだ、ミョウジさんめっちゃ可愛い」
「私が彼女にしたい」
「大丈夫!うちらに任せて!」
「……うん?」


  

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