親友


「郁弥と話したのか?!」

   水泳部の女の子との話を切り上げてみんなと合流してから先ほどの出来事を話すと、椎名くんが食い気味に聞いてくる。けれど水泳部の子たちと話した内容に関してはどう受け止めるのか分からなかったので伏せておいた。
   遙と付き合ってると勘違いをもし郁ちゃんがしてるとして、それでもって私のことを拒絶してるとなれば、郁ちゃんが遙に会いたくないと思っていると勘違いさせてしまうかもしれない。ただ単純に郁ちゃんが私に会いたくないのかもしれないけれど。そう思うと胸の奥がズキズキと痛む。

「うん。でも自主練があるからって、まともに取り合ってもらえなかったよ」
「そうか…。ミョウジにも、あんま会いたくねえのかな…」
「……旭」
「え、あっ、悪い!そんなつもりじゃ!」

   椎名くんの分析が自分の嫌な想定と重なってグサッと胸に突き刺さる。遙が椎名くんを厳しい声色で呼ぶと慌てて謝ってくれたけど、メンタルHPが擦り減っていた私はへろりと力なく笑うことしか出来ない。

「ミョウジは郁弥がアメリカにいる間どうしてたんだ?連絡とか取ってなかったのか?」
「中二くらいまでは手紙のやり取りしてたよ。忙しかったら返さなくてもいいよって言ってあったから、たまに返ってこなくても気にしてなかったんだけど、中三になる頃には全然返事が来なくなっちゃって、だから私も、なんだか出せなくなっちゃった」
「そうだったんだ、知らなかったよ…。ハルは知ってた?」
「いや、初めて聞いた」
「……そういえば、二人にも言ってなかったね」

   真琴くんと遙どころか仲良しのエミちゃんたちにも言い出せなくて、同時期に怪我をして陸上を離れたこともあり、あの頃はひどく落ち込んでいた。遙が励ましてくれなければ、手を差し伸べてくれてなければ、立ち直るのにもっともっと時間がかかっただろう。
   あの日を境に郁ちゃんからの手紙を待つことも、暗い気持ちを抱えることもやめた。やめたはずなのに、今は少しだけ元気が上手に出せない。

「よっし!それもまとめて全部確かめにいこうぜ!郁弥に!」

   ばっと勢いよく立ち上がる椎名くんにはっとする。いけない、うっかりネガティブになってしまった。らしくないらしくない。両頬を軽くぺちぺちと叩いて私も「よし、行こ!」と気合いを入れて立ち上がった。

/

   そんな気合いも空回りしたのか、プールに向かう途中でスマホがないことに気がついた。三人には先に行ってもらって一度学食に戻るとスマホはあっさり見つかり、急いで来た道を戻る。プールが見える場所まで行くと、そこには遙たち以外の人が一緒にいるのが見えた。
   一瞬郁ちゃんに会えたんじゃ、と淡い期待を抱いたけれど、顔を確認してそんな期待もがらりと崩れ落ちる。この前郁ちゃんの隣にいた眼鏡をかけた水泳部の人、名前は知らない。

「郁弥は今が一番大事なときだから。君たちもアスリートなら分かるだろ」
「それは分かるけど、その言い方はなんだよ」
「し、椎名くん!喧嘩はだめだよ!」
「ミョウジ……」
「ごめん。悪気はないんだ」

   感情的に荒い口調になる椎名くんを制しながら三人の元へ駆け寄ると、眼鏡くんが私を見るなりすぐに冷たい視線を送ってくる。「お前、郁弥のなんなんだよ」怒気のこもった声で質問をする椎名くん。眼鏡の彼は静かに笑う。

「親友だよ」

   それはかつて私がいたところだった。彼は『遠野日和』くんと名乗った。確かまだ郁ちゃんから手紙が届いているときに、留学先で知り合った日本人の男の子がいると書いてあった。おそらくあれは遠野くんのことで間違いないだろう。
   遠野くんはお兄さんの夏也先輩とも面識があるらしく、遙たちのチームが中学二年生になる前に解散したことも知っていた。遙が郁弥に会いたい理由を話しても、彼は郁ちゃんは約束を忘れている、迷惑だと一蹴した。郁ちゃんは、約束を簡単に忘れるような人じゃないのに。

「昔のことは知らないけど、今も郁弥と友達でいる資格、君たちにあるの?」
「資格…?!何言ってんだお前!」

   椎名くんが身を乗り出そうとしたところを遙が抑える。大会前だから、大事な時期だから、アスリートなら。なんとなく言いたいことは分かる気がするけど、郁ちゃんと会わせたくない理由がほかにも彼にはあるように感じられる。

「ナマエは水泳部じゃないんだから、俺たちと郁弥のことに関係ないはずだ」
「……はるか」

   そう考えていると、先ほど口を閉ざした遙が再び口を開いた。名前を呼ぶ声が震えてしまう。

「そうかな。君も郁弥が強くなるために置いていきたい過去の一部だって、むしろ自覚するべきなんじゃない?元親友のミョウジさん」
「…元じゃないよ」
「郁弥はそうは思ってないかもしれないよね」
「そ、そんなことは、」

   ない、と言い切りたかった。けれど手紙の返事はない。まともに会話も取り合ってもらえない。自信が、ない。

「中学のときは陸上の選手だったらしいけど、とっくにやめてるんだってね。上を目指す郁弥の気持ちなんて、今の君じゃ到底理解するのは難しいんじゃないかな」
「おい!何もそこまで言わなくてもいいだろ!」
「旭ダメだって!」
「とにかく、もうただの同級生とは訳が違うんだよ。だからさ、郁弥を待ち伏せするのはもうやめなよ」

   遠野くんから淡々と告げられる言葉が胸に突き刺さった。やっぱり、と言ってはいけないのかもしれないけど、やっぱり部活後の郁ちゃんに会えない理由は遠野くんだったらしい。
   いつもなら何か言い返せたかもしれない。へらへらと躱せたのかもしれない。だけどさっき郁ちゃんとのことが心に引っかかって、何も言えずに唇をきゅっと結んでしまう。

「郁弥は世界を目指してるからね。弱いやつはお断り。強くなきゃ友達になる資格はない、なんてね」
「こいつ…!」

   納得なんて何ひとつしてないのに。

「だったら勝負してみるか」

   滲みそうになった視界を明るくさせたのは、遙の強い意思を持った言葉だった。


  

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