すべての夜よそこに平伏せ



「あの世ってありますよ。魂の帰る場所っていうか、魂が作るもう一つの社会というか。そこでこの世とあの世の生命エネルギーのバランスを取っているんです。人が死にすぎたり死ななさすぎたりしないようにするバランサーとかがいたりして、私たちを陰ながら監視しているの。だからもし、私が自殺しようとして彼らが介入してこなければ、私は死んでも大丈夫な人間のうちに入っているのでしょうね。誤差ってやつですか。仕方ないんです、一人や二人や三人死んだ程度で崩れるバランスじゃないんですから」


池袋某所。とあるカラオケ店の一室に集まった男女四人。正確には男一人に女三人の偏った編成のグループは、歌を歌うでもなくテーブルを挟んで意見を交わしている。実質ひとりの男によって回される会話の波に二人の女が流され、一人が流された気でいる、おかしな空間だ。

二人の女は何言ってんだこいつという引いた目で冒頭の長ゼリフを垂れた女を見る。そのあからさまな目線も気にせずに烏龍茶をストローで吸い上げる女と、獲物がかかったという目で再度口を開く男。さっきまで単なるおかしな空間だった室内は、さらに上の奇妙な空間へと変容しようとしていた


「……あはは、シルヴィエさんってすごい想像力豊かなんですね。俺びっくりして聞きいっちゃったな」
「想像、ですか」
「あれ、もしかして笑っちゃいけませんでした? 冗談じゃなかった、とか?」
「いえ、どちらでもお好きに。私には預かり知らない領域のことですから」
「ふーん? でもさ、」


そこから始まる男お得意の長ゼリフを聞き、やっと自分たちの立場の危うさを知った女たちが騒ぎ出す。けれど時既に遅く、逃げようにも知らずに飲んでいた薬の影響で体は言うことをきかずに完全に意識を手放してしまった。男は、もう少し遅効性の薬にしておけばよかったと後悔した。以前に集まった無神論者の集まりには劣るものの、そこそこ面白い話をしてくれそうな女がいたからだ。

この状況ではさっきのように簡単には話が進まないだろう。


「死の冒涜、ですか」
「なーんで君はまだ起きてるのかな?」


悠々と目を瞬かせて姿勢よくソファに腰掛ける女に対して、男は釣り上がる口を抑えはしなかった。


「それ、私も知りたいです」


女はストローで底の氷を吸って落とす遊びを繰り返す。睡眠薬を仕込んだはずの烏龍茶のグラスは氷を残して空だった。


「初対面の時にも思ってたけど、君はじめから自殺する気なかったよね?」
「それ、えーと、ナラクさんも同じですよね」
「奈倉だよ、シルヴィエさん」
「ああ、奈倉さん。奈落に落ちそうな名前だという印象はそこからでしたか」
「君ってマイペースの権化なんだね。気が抜けるよ」
「と言いましても、気が抜けた人はポケットでナイフをいじるのが普通なのでしょうか?」


グラスに残っていた氷を噛み砕き、溶けた水も飲み干して席を立つ。男はナイフから離した手でひらりと軽く別れを惜しんだ。


「貴重な体験をありがとうございました。人との会話って楽しいものですね」
「そう思うなら少しくらい笑えば? 俺の不愉快な知り合いの弟にそっくりだよ」
「私にそっくりな人ですか。いるんですね、そんな方。会ってみたいものです」


長い黒髪を揺らしてカラオケボックスを出て行く女。それを興味深そうに見送るだけだったのは、後で調べれば良いという男の余裕の現れだった。

果たして、女は男が愛するに足る人間なのか。

くしゃくしゃの千円札を握り締め、女二人が入ったスーツケースを引いて、男もまたカラオケボックスを後にする。愛憎悲恋渦巻く池袋の夜の中へ。折原臨也は実に晴れやかだった。

うっすら某漫画との混合が入ってます。続くならがっつり絡んでいきます

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