好きじゃなくもないわけでなくもない



「やあ、待ったかいカラ松ガール」


疲れていたんだ。きっと、それしか理由がない。


「いえ、待ってません」
「そりゃあ良かったぜ。女を待たせたとなっちゃあ男がすたるからな」
「いえ、あなたを待ってません」
「拗ねるなよ。やっぱり俺がいなくて寂しかったんだな」
「もともと一人の予定だったのですが」
「釣れないな。そこがまた、イイ」
「うーわーー」


長い長い仕事がひと区切り付いてご褒美とばかりにいただいた纏まった休日。お気に入りの静かなカフェでお昼がてら読書にしゃれこもうと席に着いた途端、前の席に見覚えのある男が座ってきた。ぶっちゃけ会いたくなかった。だってこの人は私にとっては黒歴史そのものだ。しかも一週間前に作った出来立てほやほやのやつ。


「まだ俺に慣れていないんだろう。こんなカッコイイ恋人だもんなあ」


彼曰く、そういうことらしい。どういうことだ。

遡ること一週間前。つまり仕事が究極の修羅場を迎えていた時だ。みんながみんな自分のことで手一杯な時、私がしでかしたミスのせいでまわりに迷惑をかけてしまった。そのことがとてつもなく辛くて、久しぶりにどん底まで落ち込んでいた。こういう時、友達か彼氏に話を聞いてもらって気を取り直したいところだけど、生憎と友達はみんな忙しく、彼氏なんて学生時代以来作る気も起きなかった。

ご飯を作る気もなく、適当にビールひっかけながらちょいちょいつまんで帰ろうと適当な居酒屋に入った。そこで目の前の男に出会った。


「今日はちゃんと綺麗なバラを選んできてやったぜ」


そう、今掲げられた瑞々しいバラじゃなくて、一日中握られてたんだろうなってくらい萎びたバラを貰ったんだ。『今はこんなのしかないけど、元気だせよ』って。他になんかいろいろ臭いセリフ吐かれたけど、とにかくそんな感じで口説かれて。こう、クラっと来た。たぶんあれは目眩だ。そうに違いない。だって今シラフで聞かされて自分でもビックリするくらい白けた目になってる自信がある。

それで、次の日から知らないうちにお付き合いすることになってた。少女漫画もビックリな急展開だ。


「ああ……そんな物欲しそうな目をして……もしもここが二人の愛の巣だったなら、すぐにでもかき抱いてお前を確かめたいのに」


それにしても、相変わらずだなこの人。見た感じの年齢は同い年か少し下なのに無理に大人っぽくしようとしている感じが透けて見える。毎度毎度、ムードというか、軋むベッドの上じゃなくても勝手に一人で優しさを持ち出してきそうな雰囲気を出している。しかも変則的な私の休日にも臆せずに平日の昼間っから会いに来るって、もしかして無職かな。

右から左に聞き流しながら本に視線を戻すと、誰かが吹き出したのが聞こえた。やっぱりこの人面白いよね。分かるよその気持ち。気になって顔を上げると、こっちをチラチラ見ている集団がいた。ていうか、え?


「……あの、質問なんですけど」
「ふっ、やっと俺のことを知りたくなったか。イイぜ、好きなだけ聞いてくれ」
「六人兄弟、だったんですか?」
「? ああ、確かに俺は六つ子だが、」


瞬間、残像が見えるほどの高速で彼の首が背後を振り返る。と、いつの間にかさっきの集団が男のすぐ背後に近づいてきていた。


「同じ顔が六つ……」


圧巻である。


「おそ松! チョロ松一松十四松トド松!」
「ひどいじゃんカラ松。俺らを差し置いて彼女とデートとか」
「……生意気」
「カラ松兄さんと付き合うなんてお姉さん変わってるねえ」
「ねえねえねえねえ! 何読んでんの? エロ本!?」
「どう見ても文庫本だろ! お前の目は節穴か十四松!」
「どうもーカラ松の兄のおそ松でーす。弟がいつもお世話になってまーす。そんで、二人とももうヤったの?」
「ヤっ!?」
「オメェは初対面で何聞いてんだ!」
「えー、チョロ松兄さんは気になんないの? 僕もすごく気になる」
「いや、気になんないって言ったら嘘になるけど! 下世話すぎだろ!」
「はいはいはいははいはいはい! 野球は? 野球やった!?」
「野球はたぶんやってないと思うぞ、十四松」
「ええええ野球やってないの!!? じゃあ今からみんなで野球しよ!!!」
「俺パス」
「僕もパース」
「ねえお姉さんそこんとこどうなの? カラ松のDTいただいちゃったの?」
「だから言い方ッ!!」

「もう帰れよお前らぁあああ!!!!」


同じ顔が口を開いて怒濤の言葉責めを披露する。合間合間に最低な内容が挟んであった気がするけど、悲鳴じみた絶叫に内容が全部吹っ飛んだ。


『仕事はミスるし彼氏はいないし人生ツライ。もう死にたい』


そうだ、あの日、なんか必要以上にマイナス思考に陥って、べろんべろんに酔いながら隣の人に絡んだんだ。そしたら、慌てて手握られて、そんで。


『俺が彼氏になるから、し、死ぬとか言うなよ!』


年相応な態度の時の彼は、なんというか。


「かわいい……」


あの時と同じように涙目で叫ぶ顔を見たら、また頭がクラっときた。たぶん、これは目眩じゃない。


まさか人生でおそ松さんのお話を書くことになるなんて自分でもビックリです。五話を見たらいろんな意味で泣きそうになったので…つい…。六つ子喋らせたら止まらなくて困りました。カタカナ松にはなんとなく姐さん女房が似合うと思います。養ってもらえるしね。

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