ストロベリィ・オン・ザ・マイ・エゴ



最初はお小遣いの五百円玉だった。

うちは父がいない母子家庭で、母はいつもパートを掛け持ちで忙しい。キャリアもなく、伝手も運もない。女手一つで子供を育てるのはひと苦労だ。それも下手に真面目な性格なものだから、いつか倒れてしまうのでは、と。私はいつも気がかりで仕方なかった。

だから、まずは五百円。週に一枚もらえるそれを、何年も貯めた。母に内緒でいろんなところに隠して六年。ちょくちょくお店でお札に両替えしてもらい、中学生になる頃には十万を越える金額になった。それからが私の勝負だった。

中学から家に帰ってすぐ。リボンと第一ボタンを外し、膝下丈の制服を膝上まで捲くり、母のシンプルなカーディガンを羽織る。最後に母の口紅を差すと背伸びした童顔の女子高生風になった。もともと背が高めだったおかげで、思ったよりもそれなりの見た目だ。そのまま急いで自転車で学区外のネットカフェに駆け込む。そこから後は、運任せだった。

そう、私は運が良かった。

母親名義で作ったアカウントで株を成功させ、まずまずの利益を上げて。さらに調子に乗っていろいろと手を伸ばした結果、その延長線上で何故かばったりと出会ったとある財閥の現総帥。


『もしや、先輩か!?』


それが前世の職場で世話した直属の部下だったとは。向こうは威厳ありありの六十代、こっちはピッチピチの十代前半。それぞれまったく違う環境の中で生活していたというのに、転生なんて稀有な経験をした知り合い同士がたまたま出会った。少なくとも私たちは、それを運命的だと思った。お互い非現実的なことは嫌いだ。けれど、現実に起こってしまったことを非現実的だとわめくほど頑なではない。年も性別も身分も違う彼と私はお互いのことを話し合って、当たり前に意気投合して、そして今がある。

私は気持ち悪いほど運が良かった。



「それは、本気でしょうか?」


三十万円を身に纏って……いや、一式三十万円の制服を身に纏ってざわつく心臓に手を当てる。いや、これは三十万円を着ているからという理由ではない。少なくとも八割は違う。心底ありえないことを今体験しているからだ。とにかく、そう、なのだ。


「どうして僕が、わざわざこんな嘘を付くんですか?」


いやいやいやいや。


「いえ……鳳くんのような素敵な殿方に慕っていただけるなんて、夢のようで……」


口元を手で隠して感極まったように見せたのは、ポーズでしかない。言ってることも口から出任せだ。だって、まさか、ありえないでしょう。理由とか関係なく、なんで"あの"鳳くんに告白されなければならないの。

どこにそんな要素があったのか。深く考えようにも目の前で少しだけ顔を赤らめる知的美少年が恐ろしくて上手くいかない。誰だこいつ。何が目的なんだ。

中等部の……正確には今年高等部に入ったばかりの鳳鏡夜くんは、理事長の御子息である須王環くんとホスト部なるふざけた部活を立ち上げた子。去年高等部から編入した私の耳にも入るような完璧超人だと知られていたが、前に何度か見た時はこんな年相応な顔をするような子には見えなかった。何せ、すごく胡散臭かった。世間の荒波に一度ならず揉まれた経験のせいか十代の気を張った男の子なんてある程度見て分かる。金持ちには金持ちなりの苦労があるのだろうな、と。途中から金持ちの仲間入りを果たした似非金持ちの私は思った。

そう、私は二年前に前世の部下、今のお父様に養子縁組してもらい、現在は後継者として学びながら母ごと養われている。彼は前世の記憶があるせいか結婚も子作りもする気が起きなかったらしい。実力主義云々とホラを吹きつつ、後継者選びが面倒くさいとこの数十年に渡り大財閥の代表兼総帥を努めた元部下は、これ幸いにと私に白羽の矢を振りかぶった。ぶっすり。

こうして三十万の、つまり私が小学時代すべてをかけて貯めたお金の三倍額の制服を着て、大財閥の令嬢としてほぼ面識のない美少年に告白を受けているわけだ。やっぱ意味が分からない。

なんだ、私にあるのは現金持ちの元部下へのコネとお小遣いでもらってるカードくらいだし。コネはコネでも一緒にコタツで映画鑑賞してくれる程度のコネだし。カードは向こうの方がすごいの持ってそうだし。だし。所詮養子だから血の繋がりを求められても困る。正直難物件だ。だからって本気で好かれてるとは自惚れでも思わない。

食い気味で食い下がってくる美少年に愛想笑いと遠まわしなお断りで何とか切り抜け、おほほほと笑いながらフェイドアウト。視界から黒髪メガネが消えた瞬間に全力疾走で南校舎の最上階・北側廊下つきあたりの第三音楽室、の脇に駆け込む。


「助けて猫澤くんッッッ!!!」
「んぎゃあああああああ!!!」


勢いよく扉開けたせいで暗黒部屋に大量の光が差し込み、中にいた人物に直撃。悲痛な絶叫が自分のせいとかどうでもいい。扉を開けっ放しのままフードやらカツラやら取れるほど揺さぶりをかける。


「どどどうしたんだい、名前くん」
「誰かが私を嵌めようとしているッ! 鳳鏡夜くんを使って私を罠にかける気だッ!」
「それは、そうとは、限ら、なのではっ」
「だってあの鳳鏡夜くんだよッ! あの鳳くんだよッ!? 分かるッ!? むしろ鳳くんが呪われてるのかも知れないッ!」
「呪いっ、ですかっ」
「そう! あるでしょ、そういう呪いッ!!」
「それは、もちろんっ」
「やっぱりッッ!!!!!」


助けて猫澤くん!

私が言いたいこと全部言い切った頃には友達の猫澤くんはぐったりしていた。暗い部屋にいすぎたせいで体力が落ちてるのかも。困るよ。これから鳳くんの呪い解いてもらわないといけないのに。

金持ちには金持ちなりの苦労がある。それは金持ちになった時に痛く実感したし、それは生活に不自由がないということで苦く飲み込んだ。けれど恋愛絡みにまで苦労させられるとか聞いてない。わざわざ鳳くんなんて大物に呪いをかけてハニートラップに使うとか、なんだそれは。

とうとう動かなくなった猫澤くんから手を離して、私は心底途方に暮れた。金持ちって大変。

一般人が鏡夜くんとお付き合いするにはどうしたらよいか考えた結果、もはや一般人設定関係ないミラクル展開で自分でも苦笑い。猫澤先輩夢でもいい気がしてきた。

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