戻らない君の黒い影にあおいろの花をなげた



「笑いなよ、にっかりと」


会心の一撃を敵将の大太刀に与えたにっかり青江が己の本体を鞘に収める。長い長い出陣の本日最後の一戦で誉を取った彼はいつもの如く飄々とした顔で部隊に帰還の指示出した。


「見事だったな、“甥殿”」
「お褒めに預かり光栄です、“叔父上殿”」


ぼちぼち戻っていく部隊の殿を歩く青江の隣に、同じく出陣していた数珠丸恒次が並ぶ。無表情ながら感心したように肩を叩く数珠丸に笑顔で返事をしながら、なんて不思議な心地なんだろうという感想を抱いた。

青江を甥と呼ぶ数珠丸と、数珠丸を叔父と呼ぶ青江。

当たり前だがそんな事実関係は全くない。同じ刀派ではあるが、生みの親も持ち主も違う二振りがこのような家族ごっこをすることになったのは先日の審神者の一言からだった。


『お前らの関係って、叔父さんと甥っ子みたいなもんか』


刀派は同じ青江だが、打った刀鍛冶は違う。世間話程度にした内容を小耳に挟んだ審神者が、なるほどと頷いて言ったのがそれだ。

数珠丸に付喪神の憑いた兄弟刀はいない。いたとしても刀が子供を産むことなどどう逆立ちしたところで無理な話だ。なので審神者の言は的外れも甚だしいことだったが、幸か不幸かこの二振り、存外ノリが良い。粟田口や左文字の兄弟を眺めて参考にしつつ、審神者の言うとおり叔父と甥の真似事をおふざけで始めて、そして今に至る。


「叔父上殿こそ、今日はいつもより出陣に乗り気だったね。なにかあったのかい?」
「なに、これくらいは働かねばな。そろそろ長谷部に布団を燃やされる」
「はは、違いない」


実際に焼き討ち未遂があったってのによく笑えるな。

あまりの怠慢っぷりに発狂したへし切長谷部に審神者と常識刃勢だけが慌て、とうの数珠丸本人は縁側で船を漕いでいた本丸小火騒ぎ事件。奮闘した内の一振りであった和泉守兼定は意図せず盗み聞きしてしまった叔父甥の話に顔を引き攣らせた。他の面々も「あいつら怖い。近寄らんとこ」と言わんばかりに早歩きで陣に入っていく。触らぬ神に祟りなし。その場に青江と数珠丸だけが残ったことも仕方なし、である。


「変わったよね、叔父上殿は」
「ほう」


突然変わった話題に戸惑うこともなく。何がだ、という雰囲気で惚ける数珠丸に青江は苦笑する。「覚えてないだろうけど、僕たちは以前に会ったことがあるんだよ」と前置きをしてから、懐かしむように言を続けた。


「昔のあなたは、冗談の一つも言わない刀だった」
「甥殿は面白いことを言うな。刀の身で冗談を言えるわけなかろう」
「以前のあなたなら、そのように惚けることもせず、ただ静かに微笑んでいるだけだった」


思い出す。にっかり青江がまだ霊剣でも大脇差でもなかった頃。付喪神としての意識もあやふやの時分に見た、既に天下五剣としての地位を築いていた太刀のことを。いつでも飾られた本体の前に姿勢よく座り、柔らかな笑みを浮かべている顔が玉鋼のように硬い印象しか与えない。触り心地の良さそうな菩提樹の髪を床まで伸ばし、一部だけ数珠のついた髪紐で結い上げた麗人。清廉さと厳格さの中に浮かぶ近寄り難さ。邪なものが手を伸ばせば一筋の傷を作り、触れれば一片の穢れも残さず浄化させる鉄壁の高潔さ。その全てを隠しもせず己に纏わせていた。

青江が目指す神剣ではない。けれど青江よりもよっぽど近い場所にいる刀。

そう、数珠丸恒次とは聖人の剣。聖剣だ。高僧の佩刀という肩書きに違わぬ太刀であった。

そのはず、なのに。


「あなたはいつからそんなに人間臭くなったんだろうね」


青江のいつになく真剣な表情を目にしても、数珠丸は無表情を張り付かせたまま歩みを止めない。年も格も上なのだから、青江の言うことなど頭の片隅にすら止めるに値しないのだろうか。肩を竦め、少し先に行ってしまった背を追いかけようとした時、数珠丸は自然な様子で陣の中に足を踏み入れ、青江に振り返って呟いた。


「やつがれは、甥殿から見ても人間臭い刀になったか」


神剣になりたいと心の底から願うにっかり青江から見ても。


「ふむ。三日月の言を借りるなら“よきかな”と言ったところか」


そのセリフを言い切るか切らないかのところで陣が発動し数珠丸の姿が掻き消える。

しばらく目を瞬かせていた青江も、風の音しか聞こえない戦場で深く納得して数珠丸に続くことにした。彼が以前から持っていた疑問が、今この瞬間に晴らされたからか、妙にブーツが地を蹴る音が軽く聞こえる。


「やっぱり僕らは家族なのかもしれないね、叔父上殿」


だってこんなにも似ているんだから。青江が呟いた言葉はその場に残り、無残に切り捨てられた亡骸だけがその声音を耳にしていた。


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