嘘みたいな夢みたいなかたちをした日常のこと



数珠丸恒次とは平安時代に打たれた太刀である。古くはとある高僧が佩いた刀であり、破邪顕正の力を持つと言われた聖なる物。欲の薄い僧侶ですら魅了されたその刀の柄には、彼手ずからが巻いた数珠が煌いているという。


「やつがれは数珠丸恒次。破邪顕正の剣と言われているが……あまり期待してくれるな」


それと同じくして。たった今顕現した数珠丸恒次もまた本体である太刀を腰に佩き、優美な蓮華の描かれた袈裟といくつもの数珠を身に付けて、新しい主である審神者の前に立っていた。


「して、主殿」


伏し目がちな瞳の奥から人間の心の芯を覗くように見つめられ、審神者は居住まいを正す。数珠と同じ黒檀が月のない夜を思わせ、繊細な顔ばせと肩口にかかる程度の御髪は瞳とは正反対の淡い陽光の色をしている。光と闇の色を持つ刀。後にそれは菩提樹の色だと彼自らが教えるまで、審神者はなんて矛盾を孕んだ刀なのだろうという言葉を飲み込み続けることになる。実際、そんなことは面と向かってぶつけても些事たるものに等しいのだが。


「今日のところはもう寝てもいいだろうか」
「なんですって?」


天下五剣が一つ、数珠丸恒次とは三日月宗近に負けず劣らずのマイペースじじいであった。



「主殿、やつがれは成長期なのだ」


蓮の花がよく似合う顔が刃のように鋭い雰囲気を纏わせる。常時伏せられた瞳は大きく開きそれを覆う長い睫毛は天を仰いでいる。常よりも神々しさの増した美貌の青年に、審神者は応えるべく真面目な顔を作……ろうとする努力を放棄した。


「はあ」
「ゆえにやつがれはよく眠る。よく食べるしよく動く。たまに体の節々が痛むのも成長ゆえだが、だからこそ養成のために睡眠は大事だ」
「それって筋肉痛……」
「加えて睡魔は時に歴史遡行軍よりも手強く、八つ時の団子よりも甘美だ。それに抗うことなど、やつがれには到底できぬ所業」
「聖人の刀が欲に負けるんじゃありません」
「なぬ」


ザックリと切れ味良く切った審神者はまたかとため息を吐きたくなった。無表情にも関わらずアリアリと解せぬの三文字を浮かべる太刀。初対面でどれだけ緊張したのか分からない天下五剣の内の一つ。蓋を開けてみればサボり癖の激しいマイペースじじいである。徘徊呆け老人三日月宗近という前例があるというのに、溢れ出る神気に圧倒され畏れを抱いた過去を審神者は消したくてたまらなかった。つい先週のことだが。


「主殿、やつがれは確かに日蓮僧の佩刀ではあったが、あまりそこらへんのことを期待されても困るぞ」
「だってお前、破邪顕正? の剣だろ?」
「破邪顕正の意味を分かって言ってるのか。間違った思想を正すということだぞ。ただの赤ぺん先生だぞ」
「赤ペン先生って誰だよ。何の言い訳してんだよお前」
「なんと、あの赤ぺん先生を知らぬのか。主殿は遅れているな」
「だから誰だよその先生!」


ちなみに二百年前にテレビのCMをチラ見した情報である。

以上のとおり、兎角この数珠丸という太刀は寝汚い。朝起きて顔を洗い再び布団に潜り込むこと一回。朝餉を食べて布団に潜り込むこと一回。打合せ前に布団に潜り込むこと一回。燭台切に布団を没収され日当たりの良い縁側で寝っ転がること三回。短刀たちの昼寝の群れに紛れ込むこと一回。夕餉前にこっそり予備の布団を敷いて一回。夕餉後の湯浴み中に寝て溺れ同田貫に抱えられ怒鳴られ、そのまま夢現に布団に潜り込み就寝。そのくせ起きる時間は現代を生きる審神者と同じ時間だというのだからもう病気の域である。

びっくりじじいと徘徊じじいに引き続き、いつ永眠してもおかしくない寝ぼけじじいの登場に本丸の刀剣たちの反応は様々だ。質の悪いことに(太刀だけに)数珠丸は三日月とも鶴丸とも違う美しさを持っていた。聖人の刀ということもあり、清廉と澄んだ神気を持ち、まっすぐ伸びた高い上背とピクリともしない無表情が他者を近寄りがたくする。現に彼を苦手に思っていた者も少なくなかった。


「ちょっと良いか、獅子王よ」
「な、なんだよ、数珠丸のじっちゃん」
「なに、悪いようにはしない。こっちだ」


獅子王も当初はその内の一振りであった。

座った目に引き結ばれた唇。鳴狐も同じような表情をしているというのにこちらの方が万倍威圧感がある。だが獅子王は一瞬力ませた肩を元に戻して呆れたふうに数珠丸の後に続いた。


「また昼寝かよ」
「成長期ゆえ」


真顔でどっかの狐の真似はやめてほしい。


「そんだけありゃもう伸びなくてもいいだろー」


獅子王より頭二つは上にある美貌を恨めしげに見ながらも、いつものように肩口の留め具を外して鵺の毛皮を取る。口よりも行動が何より彼の乗り気具合を表していた。


「で、今日の場所は?」
「本丸裏の離れの縁側だ。夏の景趣になったゆえ、直に日に当たるのは辛いだろう」
「確かに、最近あっちいよなあ」


木陰でひやりと冷たい縁側にたどり着いたところで獅子王は鵺の毛皮を敷き、それを枕代わりに二振りは寝転んだ。湿気も少なく日差しも木の葉を通して微々たるもの。風の通り道になんているため空気も冷たく心地よい。

誰も知らないだろう穴場を当たり前のように知っている数珠丸。彼の手にかかればどんな景趣でどんな気候だろうと昼寝のベストスポットを頭の中で弾き出して即座に寝に行ける。頭の無駄遣いに他ならないが、それを目当てに彼の後ろをついていく者がいることも事実である。とりわけ五虎退や鳴狐、獅子王は貴重な毛布を持っているということで数珠丸自らが誘うことも少なくない。ちなみにこんのすけを誘った時はすぐに審神者に密告されたため、以降声をかけるのは上記の三振りのみと決まっている。鳴かない方の狐は審神者限定の毛布なので論外だ。

たまの非番で短刀たちを引き連れて昼寝するにはいいものを。それ以外となるとサボり仲間を引き連れて隠れてしまう寝ぼけじじいは、しっかり者の多い太刀や審神者を困らせる種でしかない。そして今日もまた数珠丸はその種を育てるように睡眠を貪るのだ。


「数珠丸恒次!! 寝るのは仕事が終わってからにしろー!!」


蝉の音を子守唄に健やかに眠りだした二振りを、遠くから探す声の持ち主は誰になるのやら。
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