明日晴れたらあのこを忘れよう



今回は中二だった。


「お、今日は間に合ったんだな」
「うっさい」


教室に入った途端に話しかけてきた中沢に軽口を叩いて席に着く。他の子たちは各々友達とくっちゃべってるのに、こいつはいつもお行儀良く席に座ってHRを待っている。お前アレか、友達いないんか。ぼっち極めてる系男子か。そうだとしても私の態度は適当一択だから安心してぼっちに励むが良い。ふははは。


「今日は転校生を紹介しまぁす」


和子センセがひとしきり三ヶ月で破局した彼の悪口とついでとばかりの中沢いじりを終えたところで教室の扉がゆっくりと開かれた。あー、これあれですね、真打ち登場ってやつ。席真ん前だから入ってきた人の顔がよく見える。どれどれどんだけ美少女拗らせてんだろとよおく目を凝らした先にいたのは、


「暁美ほむら、です……」


海の向こうでクレイジーサイコレズの称号をいただいたあk……メガほむ、だと?!

長い三つ編みと赤い眼鏡が特徴的な、それはそれは内気そうな可愛らしい女の子が泣きそうになりながら自己紹介している。何だこの胸の高鳴りは。これが萌えだというのか。あと個人的には赤い眼鏡かけている子はリア充の類だけだと思ってました偏見でした。

折れそうな細足で私の隣席に座った暁美さん。しばらくぶりの、というか十年ぶりくらいの全力大混乱な私は引き攣り笑いでよろしくと言うしかなかった。違うんや……仲良くしたくないとかそんなんじゃないんや……。何か被害妄想膨らませてそうな顔にこっちが泣きそうになった。主に私の理性が庇護欲に押し潰されて。


「暁美さん、教科書ある? 私の見る?」「暁美さん、私のノート使っていいよ」「暁美さん疲れちゃった? 一緒に休憩しよっか」


結果、物の見事に暁美さんと連呼するだけのお人形になりましたとさ。ま、この体はすでにお人形みたいなもんなんだけどね! かっこわらいかっことじ。あれこのノリ前にやったことあるわ。あまりに構いすぎて中沢に「え、お前レズなん?」って顔されたから肩パン腹パン目潰し膝かっくんのフルコースをお見舞いしました。暁美さんに怯えられました。嫌ねえ、こんなのただのスキンシップですよお、私たちそこそこ仲良しなんですう。オラ笑えよ中沢。

何やかんやであんま仲良くなれた気がしないまま放課後突入。暁美さんの世話を焼く一日だった。メガほむの破壊力よ。

と、ふざけるのはこのくらいにして。今回は自分でも引くくらい特定の人に寄って行ってるなあと思うわけですよ。ほむらちゃの一番はどうあがいてもまどかちゃん一択なわけなのにね。私、自分大好きだからあからさまに蔑ろにしてくるような人とはお付き合いできません。その点ほむらちゃんはパーフェクトに最悪よね。あーあ。今頃まどかちゃんに助けてもらって本格的にトゥンクしてる頃だよなあ。貴重なメガほむ……ほむぅ…………

………………あれ、まどかちゃんまだ魔法少女になってなくね?

気付いた瞬間リアルにサーッと血の気が引いた。そういえば、なんでほむらちゃんがメガほむである可能性を欠片も持っていなかったかっていうとまどかちゃんが魔法少女になってないからだった。だから不意打ちのメガほむに混乱していたわけで。ほむらちゃんを助けに行く人がいないわけで。冷や汗ドバーッの脇汗ジワーッで猛烈ダッシュしましたとも。途中お馬さんもどきを召喚して全力で間に合わせましたとも。


「名字さん……?」
「間に合ったっ!」


ぐちゃぐちゃデッサン野郎をお馬さんで蹴散らしてほむらちゃんの前に降り立つ。へたり込んで泣いてる、普通の女の子を見て、途中で気がついて良かったと本当に思った。


「大丈夫、暁美さん」
「ぁ、ありがと、ありがとう……っ」
「おー、よしよし、頑張ったねえ」


思わず抱きしめて頭を撫で繰り回してしまったのは許して欲しい。だって泣いてる美少女は心にダイレクトアタックだぞ。嫌がれてるわけでもないし、むしろ背中に手が回ってるし。しばらく全力で慰めている間にお馬さんは魔女の本体まで倒してくれたらしく、普通の現実世界に戻ったあたりで黄色いお姉さんが今さらのご登場。あなた遅れてくるの好きですね。

そんでお約束の如くワルプルさん討伐部隊に組み込まれて、結局また似たような状況に陥ってしまったのだった。


「やだ、名字さん、死なないで」


曇り空が嫌に明るい。それもピンク色に。さっきまで笑いまくってたデカイお人形さんがいなくなった途端にこの街には水の揺れる音しか聞こえなくなった。だってこの街に生きてる人間は一人だけになっちゃったんだもんなあ。雨水で浸水した街の瓦礫の中で、唯一生き残った女の子の泣き顔を見ながら口を開いた。


「あー、ごめんねほむらちゃん。ちょい、疲れたわー」
「なんでっ、どうして? 行かないでって、逃げようって言ったのに」
「だってほむらちゃん、あそこで逃げたら軽蔑してたでしょー」


ほむらちゃんがいなかったら、マミさんが殺されたあたりで迷わず逃げてただろうなあ。

もし、もしね。何も知らないほむらちゃんが同じ状況になったら、迷わず逃げてたか何もせずに殺されるんでしょうね。それが今のほむらちゃん。普通の臆病でか弱い女の子。だからほむらちゃんは自分とは違う女の子に、強い心を持ったまどかちゃんにどうしようもなく憧れた。

そのまどかちゃんの役割を取っちゃった責任は、最低でも取らなきゃいけないでしょ。


「ちがっ、しないよ、私は、一緒に逃げて欲しかった、のに」
「はは、優しいなあ、ほむらちゃんは」


甘すぎるよ。例え逃げるとして、こんな壊れまくった街のどこに逃げろっていう。なんて意地悪を言う気もなく、瞼は引っ張られるようにだんだん重くなっていく。


「ねえ、ほむらちゃん」
「なに、名字さん」
「自分の命を、自分の願いを、台無しにはしちゃダメだよ。絶対、だよ」
「どういう意味?」
「約束だよ」


さっきからジッとこっちを見ているお馴染み営業マンさんが途轍もなく不愉快だった。

私としては、このまま死んでしまうのはまあいつものことだなあと割り切れる。問題なのはまどかちゃんの位置に滑り込んでしまった手前、私との出会いをやり直しかねないほむらちゃんだ。正直、それが一番恐ろしくて仕方ない。私を理由に命を投げ出すなんてこと、あっていいわけがない。たとえこれが"私の友達のほむらちゃん"との最後であろうと。お別れの言葉よりも言わなければいけないことだと思った。


「魔法少女になっちゃ、ダメだからね」


ポタリ、涙が私の顔に降ってきて、それっきり。


「名字さん……名前っ!!」


こうして、またやり直し。
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