この線からそっちがお前の陣地なので出てこないでください



「主、此度の演練ではこの長谷部が誉を取って見せましょう」


近侍のへし切長谷部がその白い御手を取り恍惚とした表情で見つめる。その熱く蕩ける視線を受けても、主は引いた様子もなく嫋やかな笑みで頷くのみ。それが長谷部の崇拝を助長させているのだと何振りもの刀剣たちが言い募ったが、主は彼らの言葉に耳を傾けど、その実彼らも同じように甘やかしてしまうのだから、その現状が変わることはない。主の微笑みを受けたものは、たとえ付喪神であろうと魅了されてしまうのだ。

主は大変見目麗しい若い娘であった。白粉も何も塗っていないというのに曇りひとつない肌、豊かな淡色の髪、扇状に広がる睫毛、黒漆のように光沢のある大きな瞳、紅も差していないというのに薄く色づく唇。浮かべる笑みは聖女の如く慈悲深い。あまたの戦国を駆け抜けた者たちの心眼を通しても、流行り廃れのない美貌と身を包む神気は彼らが身も心も捧げるに値する。まさに理想を絵に描き実体化させた完全無欠の主であった。

その日、演練の相手が姿を現すまでは。

演練の日、彼女は指定時間の三十分前に集合場所に到着するようにしている。早く動けば打ち合わせの時間が取れ、何事にも余裕が持てるだろうとのことだ。今回の部隊は近侍のへし切長谷部を隊長に据え、大太刀の太郎太刀、太刀の鶴丸国永と燭台切光忠、脇差の骨喰藤四郎、短刀の薬研藤四郎で形成されている。たまに変な方向に突っ走る長谷部と驚き一辺倒の鶴丸を除けば比較的平和なメンツと言えよう。


「相手方はまだ来ないのか。時間まであと五分ではないか」
「こっちが早すぎただけだから、そう怒らないでください」
「しかし、主を待たせるなど、」
「私は大丈夫ですから、長谷部さんも落ち着いて」


いつもながらに主以外に対して手厳しい長谷部を柔らかく諌める主に、刀剣たちはいい主を持ったものだとふと思う。他所では審神者と折り合いがつかなかったりお勤め以外では碌な会話もない本丸もあると聞く。挙げ句の果てにはブラック本丸などという不届きなものまで出始めてると小耳に挟むと、自分たちがいかに幸運であったか思い知るのだ。


「ああ、来たみたいですよ」


浅葱の学生服の上から白い打掛を羽織った姿で遠くの門からやってきた集団まで進み出る。柔らかな足取りだったそれが、だんだんと早歩きになったあたりで刀剣たちはどうしたのかと目を瞬かせた。

ゆったりとした深窓の姫たりえる動作が嘘のように、ついには打掛をはためかせて走り抜ける。そんな主の異変に危機感を感じて同じく刀剣たちが走っていく。実に可笑しな光景になってしまった。それでも主は見覚えのない男の、相手の審神者の体に飛びつくその時まで止まりはしなかったのだ。


「翔くん!!!!」


何の迷いもなく、堂々と、助走をつけて飛び込んだ。


「あ、あるじ……?」
「翔くん、元気だった? 審神者業は順調? 無理してない? 奇襲かなんかないよね? 何かあったら遠慮なく連絡してね? 体調はどう? 見たところ病気もしてなさそうだけど、あれ、でも少し痩せた? ご飯ちゃんと食べてる? 練習は? 毎日ローラー回すだけじゃ足りないよね? 今度向こうに戻るときは一緒にサーキットにピクニックしに行こうね? あとそっちに燭台切さん来てる? 本丸のご飯についてお話ししたいんだけど、いなかったら薬研くんか長谷部さんでも大丈夫だからね」


驚くべき長ゼリフだった。まさに立て板に水といったところか。方々から上がる如何ともし難い悲鳴に混じって「こいつは驚きだぜ……」という鶴丸の呟きが妙に弱々しかった。

対して向こうの刀剣たちのざわめきに耳を傾ければ「あの御堂筋くんが大人しく抱擁されてる」と歌仙兼定が眩暈を起こし「あの御堂筋くんが例のアレをやらない」と獅子王が怯え「あの御堂筋くんが例の呪文を唱えない」と堀川国広が生唾を飲む。残りの大和守安定と小夜左文字と大倶利伽羅は無言ながらも「あの女人は何者だ」という困惑を隠しきれていない。

みどうすじ、という名であるらしい相手方の審神者。何故主ではなく君付けで名を呼ばれているのかはさておき、よくよく見たところその審神者は上下に黒衣を身に纏った長い体躯の男だった。妙に長い手足と薄く見える胴。しかし女人一人が思いっきりぶつかっても耐えきれるほどには筋肉があるのだろう。煩わしそうに耳を塞いで「あー、あー」奇声を発しているものの、主に危害を加えるつもりは毛頭ないらしい。

比較的平静を保っている薬研はつぶさに相手を観察することに努めた。横を向いた瞬間に目に入るであろう男の絶望顔など見なくても分かる。ぼそぼそ聞こえる主コールも現実から完全シャットアウトだ。社畜こわい。


「主よ、一つお尋ねしたいのですが」
「はい? なんでしょう」


まったく進まない膠着状態の中、おずおずと先に動いたのは太郎太刀だった。おそらくすぐ隣の男の呪詛から逃れたかったのだろうな、と燭台切は推測した。気持ちは分かる。立ち位置的に呪詛発信源の逆隣にいるから。薬研の隣にいるはずの骨喰なんて、容量オーバーによる熱暴走で己の中へ記憶探しの旅に出かけてしまったのだ。帰ってきたら労ってやろう。


「その審神者は主の旧交の者でしょうか?」
「ああ、まだ紹介してませんでしたね」


にっこりと。決してにっかりなんて不気味な表現ではなく、それこそ普段の包容力のある落ち着いたものを拭い去った幼い笑み。初めて見るその表情に呪詛発信源が一瞬にして主限定ファンガール化したのは仕方ないとして。主は、審神者として刀剣たちを率いる少女、御堂筋名前は男の腕を抱きながら高らかに宣言した。


「こちら、私の弟です」


演練場にまた刀剣たちの悲鳴が木霊した。



***


歌仙「主も人の子だったのか……」
みど「御堂筋くんやって言うとるやろ」(顔ガシィ)
歌仙「みやびじゃない……」


へしさんとカシューはイジってなんぼ精神が根底にあります。御堂筋くんの例のアレ→顔ガシィ、例の呪文→キモキモ。審神者な姉より審神者な御堂筋くんのネタばっか湧いてきて困ってます…雅じゃない…。

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