生きることとそれ以外はどちらが簡単だろうね



ゴルタスは仮面越しに見える景色を眺めながら、今までの人生の中で一番穏やかな気持ちを抱いた。

崩壊する建物。金銀財宝の山を背に、音を立てて落ちて来る瓦礫の数々が自分に襲いかかってくる。いつ死んでもおかしくない、むしろまだ生きていること自体おかしいというのに。仮面の下のゴルタスの表情は実に晴れやかなものだった。

ゴルタスは奴隷である。

北方の遊牧民族の出である彼は幼き日に奴隷狩りにあい、言葉にするのも恐ろしい数々の所業を受け(または行い)、何十年と人以下の扱いを強いられてきた。

何故、自分がこのような目にあったのだろう。

何度となく考え、苦悩し、絶望してきたその運命を、何時の頃に受け入れたのかは彼には思い出せない。ただ、鎖で足を縛られ、地べたに這い蹲り、甘んじて足蹴にされて、言われるままに手を汚す。その地獄のような毎日は、確実にゴルタスの元来の気質を蝕んでいった。ゴルタスは今まで忘れていたのだ。自分の中にしかと立つ信念という名の柱を。


「故郷へ帰れ、モルジアナ」


少女にその言葉を向けた、その時までは。

ゴルタスには自分の声が出たことよりも、何故その言葉が出たのかも全く分からなかった。

ジャミルの盾となり、迷宮生物の餌食となった身体はもはや使い物にならない。立っていることが不思議なほどにボロボロなのに、自分はこんなにもしかと地を踏みしめている。

遥か下から困惑する目を向る赤髪の少女。生まれは違う。年も性別も何もかも違う。ただ同じなのは、自分たちを縛り付ける奴隷という鎖だけ。その少女にゴルタスは自分を重ねたのだ。見えない恐怖に震え、希望も絶望も判別つかないままに輝かしい未来を振り払おうとしている哀れな少女に。

不思議な少年たちと共に光の中へ消えて行った少女。

彼女たちを振り返ることなく、ゴルタスはより一層崩壊が進む建物の中へと歩んでいく。


右肩に乗せたジャミルの体重が今まで犯してきたゴルタスの罪を実感させる。いや、本当ならばその重さはこの身で支えきれるものではないだろう。きっと死んだあとは碌なところに行けないに違いない。

ゴルタスの目が、遥か上の天井を見上げる。


崩壊によってできたヒビが巨大な瓦礫を作り出し、今まさにゴルタスとジャミルを押しつぶそうと降ってきたのだ。
ついに死ねるのか。

目に見えて近づいてきた死の足音。しかし、ゴルタスに恐怖はない。これから光の道を歩むであろう少女に、自分の夢を託すことができた。それだけでゴルタスは救われたような暖かな感情を持てたのだ。

轟音が辺りに響き、二人の姿が消える。その最後の瞬間まで、奴隷ゴルタスの目は笑みを称えていた。


「この人の身体の悪そうなところ全部治しちゃってー」


はずだった。

目が覚めると、そこは見たことのない家の中。目の前には光の女神もかくやと言わんばかりの幻影がゴルタスに輝く息吹を浴びせかけた。それを部屋と同じく見たことのない格好をした女が満足そうに見守っている。

徐々に消えていく身体の痛みと女神の幻影に、あまり動かない表情筋が僅かばかりの困惑を示す。そんなゴルタスを無視して、女は続けてこう宣った。


「ようこそ、グリードアイランドへ」


侵入者さん。

それは、どういう意味だろうか。困惑のさらに上を極めたゴルタスの耳に、若い男の呻き声が届く。それは畏怖の象徴であり、この世で最も唾棄すべき男のもの。広いとはいえ、同じ寝台に寝るなどありえない存在が今、ゴルタスの横で頭を抑えながら目を覚ましたのだ。


「ぁ、ああ」


無意識に漏れた、言葉にならない悲鳴。それに反応した男、ジャミルは、ゴルタスの顔を認識した瞬間に甘ったれた垂れ目を丸くした。そして、彼は、ゴルタスを女の施した魔法以上に混乱させる言葉をポツリと零したのだ。


「君は、誰だい……?」



ハンターのグリードアイランドにトリップしてきたジャミルとゴルタスを最強の絵描きさんが面倒見る話。
記憶を失くしてただの好青年になってしまった偽物臭すぎるジャミルとトラウマから抜け出せなくてギクシャクするゴルタスの歪な主従を書きたい。んで二人のレベルがカンストしたあたりで今度は絵描きさんを連れてマギにトリップさせる予定は未定。

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