光は眩しいものだけれど眩しいのが光だとは限らないらしい



体育館なんて何年ぶりかな。

さきほど起きたばかりの状態だったならば、そんな風に懐かしむのだろうか。記憶によればそんなに対して経っていない、むしろつい数日には来て見ていたはずの光景を目に映しながらも、やはり名前の表情は動かない。

コーティングされた真新しい床板も、幾分高い位置にある壇上も、赤い幕や天井に設置されたバスケットゴールも、一番最初に見た本物とこの先二度とお目にかかることなどない。遠い記憶であり、失いゆく記憶。それらの面影の中に身を置くことの不快さは既に慣れたものだ。今更どうこう言うことなどありはしない。

そんな、どこか達観した雰囲気を僅かながら滲ませる存在。突然現れた見知らぬ彼女に沢山の視線が突き刺さり何人かのざわめきが辺りに広がった。


「君! 遅刻だぞ! 8時集合だと通達があったはずではないか!」

「そこかよ!? もっと言うことあるだろうがよ!」

「え? えっ? まだ新入生がいたってこと?」

「つーことは山田っちの15人って予想が外れたってことだべ!」

「なな、なんですとぉー!?」


騒がしい会話。相変わらずの煩さだが、若干の遠慮とぎこちなさを感じる。やはり、ここにいる自分を除いたクラスメイト全員が記憶操作されていることは間違いないようだ。


「えっと、君の名前はなんていうのかな? 一応、ここにいるみんなはさっき自己紹介しちゃったんだけど」


一人自己完結したところで、記憶の中とまったく同じ姿をした苗木が名前に尋ねる。僅かな不信感と気まずさを滲ませた少年の苦笑に、名前は不思議と何とも思わなかった。


「……名前。とりあえずよろしく」

「名前、さん? え、名字は?」

「忘れた」

「忘れたって、」

「どけ、愚民。いつまで無駄話しているつもりだ」


名前の返答に言葉に窮していた苗木の後ろから不機嫌そうな顔が堂々とこちらを見下ろしてくる。否、どちらかといえば見下している、の間違いかもしれないが。


「お前にはいろいろと聞きたいことがあるが、取り急ぎ一つだけ聞いておくとしよう。お前はどんな超高校級の才能を持ってここにいるんだ?」


腕を組み、ふてぶてしい態度を崩さずに十神は尋ねる。答えが返ってくることが当然であろうと過信するその言動も記憶と寸分の違いもなく、名前は特に気分を害することもなく素直に答えた。



「私は、超高校級の怪力」



入学前に理事長と相談して決めた、仮初の称号を。




***




「超高校級の、怪力」


苗木は名前の言葉を噛みしめるように繰り返して声に出した。


超高校級の怪力。それが彼女の才能だという。

怪力、などと一言で済ますとインパクトに欠ける肩書きに思えるが、彼女の場合はそれがピッタリと当てはまる。

大会や選手権などでの明確な受賞経験はないものの、その凄さは飛び抜けて目立っている。苗木が調べた限りでは林檎を素手で握り潰したとか、スプーン曲げならぬスプーン千切りを披露したとかいうしょうもない話から、銀行強盗を片手で張り倒して気絶させた、飛び降り自殺をしようとビルから落ちて来た人を地上でキャッチしたなどという人間離れした話まで様々ある。脱線事故の列車を持ち上げた、なんてあり得ない噂ができる始末だ。

そんな事前情報を聞いて、勝手に大神のような逞しい人間を想像していたものだから、苗木は内心で素っ頓狂な声を上げてしまった。

彼女は、モデルとまではいかなくとも、平均よりもスラリと細い体型をしていた。身長こそ石丸と並ぶほどの女子にしては長身だが、林檎を握り潰すほどの筋肉があるようには見えない。むしろ江ノ島と並んで雑誌に載っていてもおかしくない細さだった。


「フン。また一人脳筋が増えたということか」

「あ"あ"? そりゃどういう意味だ?」

「意外だな。自覚があったのかプランクトン」

「んだとコラ!!」


いきなり始まった十神と大和田の険悪な雰囲気。困惑や焦りを浮かべる者、我関せずと静観する者がいる中、彼女は当たり前のように二人の間に仲裁に入った。

その、超高校級と渾名される自身の能力を持ってして。


「え!?」

「うっそー!?」


ヒョイ、と。そんな軽い動作で名前の両腕が大和田と十神の尻を攫っていった。大の男二人が突然鉄棒に座るかのようなアンバランスな体勢を強いられ、思わず身を強張らせる。それとは対照的に、支えている本人は片手で簡単に包み込めてしまいそうなほどの細腕で計144kgの重量を負ってなお微動だにしていない。持ち上げられた本人たち、右腕の十神は驚きに表情を固まらせ、左腕の大和田は「なんじゃこりゃー!?」と引き続き騒いでいる。


「超高校級の怪力の名は伊達じゃないようですわね」

「そうみたいね」


セレスの呟きに霧切が同意する。ふとそちらへ目を向けた苗木は自身の心臓が大きく跳ねる感覚に身を竦ませた。初対面から変わらず理知的な彼女の瞳が、その場にいた誰よりも胡乱げに名前のことを見ていたからだ。

まるで、得体の知れない生き物と生まれて初めて遭遇したかのような、そんな瞳だった。



メモ帳の隅から引っ張り出してきた昔のネタでした。個人的に千尋ちゃん落ちのつもりでしたが、2まで引っ張って眼蛇夢落ちにするのもやぶさかではない。

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