パティシエ主が人間にお菓子をあげる



悪趣味な集まりはたいてい金持ちの道楽って相場は決まっているのかね。

お決まりの真っ黒いドレスに家から支給された仮面。今日頼まれた人肉ケーキの試作品を片手に訪ねたのはとあるレストランのとある一角。親戚のオジサマが急用ということで代わりに行って来いと言われてきたわけだけど、なんというか趣味が悪い。

コロッセオのように広がる殺し合いの場と、それを上から見やる煌びやかな人影たち。コロッセオと違うのはここが屋内ってことと殺し合いじゃなくて一方的な虐殺ってこと、あと見てるのが人間じゃなくって化け物ってことかな。あれ、だいたい違うじゃん。さすが私。さすがの語彙力。


「あら〜、あなたがSM氏のお友達!? ずいぶんお若いのねぇ!」


さっさと手土産渡して帰りたいわ。

すんごいデブのオバサンがすんごいテンションでやってきた。私の足より太い二の腕の振袖をぶるんぶるん言わせている。運動の二文字をしらないのかこのオバサン。たぶんこのレストランで一番お偉いらしい喰種、その名もビッグマダム。本当にビッグだった。これは笑うところなのだろうか。

つかオジサマSMって、そんなつもりはないんだろうけどSMって。魔性の変態とはいえそのネーミングセンスにはドン引きだわ。あとで人間仕様のパイ投げしてやろ。

最近形になったばかりの人肉ケーキを使用人に渡してビッグマダムの隣席にお邪魔する。どうやらオジサマはマダムと仲がよろしいご様子で私が作ってる物の話もペラペラ喋ってたらしい。オジサマに投げるパイ追加決定。


「そういえばそちらの箱は何なのかしら? 先ほどから気になっていたのだけれど!」

「ああ、こちらはわたくしが趣味で作った本物の人間用のケーキですわ。作る過程は楽しいのですが、食べてくださる人間がいないものでして。どうしようかと持て余していたのです」

「まあ! どおりで食指が動かないと思ったらそういうことですの! だったらあたくしの飼いビトちゃんにあげてもいいかしら!?」

「よろしいんですの? マダムの大切な飼いビトにわたくしの作ったものなんて、」

「構わなくってよぉ! ジューゾーちゃん! こっちにおいでなさいなジューゾーちゃん!」


ほんっと、悪趣味ここに極まりってか。


「お呼びですか〜ママ」

「今日のご褒美は後にしてもう一つご褒美をあげちゃうわよ〜」

「わあ、嬉しいですママ」


落ち窪んだ痕の残る眼。中身のない薄っぺらな笑顔。薬でも飲んでんのかってくらいふわふわした喋り口でもう壊れかけだってバレバレだった。

人間を愛玩動物扱い。いよいよ気持ち悪いことになってんなここ。


「マダム、あちらでお料理の準備が整いました」

「まあまあ! じゃあジューゾーちゃんへのご褒美はどうしましょうかしら!」

「マダムがよろしければわたくしが与えておきますよ?」

「そーう? じゃあお願いしちゃおうかしらね! ジューゾーちゃん! イイコにしてるのよ!」

「はーいママ」


ドタドタとマダムの敬称に相応しくない歩き方で別室に移動するマダム。それを見送ってから口元だけ浮かべていた作り笑いをサッと消した。別に、飼われた餌に愛想を振りまく義理もない。


「ほら、食えよ」

「玲ちゃんコレなんだろ? わかんないよジューゾーくん。でもママがご褒美って言ってたよ。じゃあキチンと食べないとね。そうだね」

「ごちゃごちゃ言ってんなよ、ほれ」


一口大に切り分けたシフォンケーキを小さな唇に押し付ける。


「本当はホイップなりなんなり乗っけたかったけど、持ち運びには不向きだからな」


黙って口をモゴモゴさせる子供を眺めて次の一口を分け始める。

ぶっちゃけ今の自分の腕がどんなもんだか知りたかったからこの機会は願ったり叶ったりだ。ちなみになんで今日コレを持ってきたかっていうと、人肉ケーキを人間に見られた時に誤魔化せるようにするためだったり。言い訳できる要素は多い方がいい。本音を言えば人肉ケーキより本物のケーキの方が楽しく作れるってことなんだけど。


「黙って食え。食って感想言え。タダで食わせてるわけじゃねーんだよ」

「カンソー、ですか?」

「思ったことそのまんま言やいいんだ」

「思ったこと……」


シフォンケーキのクズを口端につけたまんまアホっぽい顔を晒すガキ。


「今までで一番美味しいご褒美です……」


しばらく待ってから独り言みたいにモゴモゴ口を動かして言ったのは、まあ、当然と言えば当然という内容で。


「当たり前だクソガキ」


思わず笑ってしまったのは、最近聞き慣れてなかったことだったから、だと思う。今は喰種なんて化け物になったわけで、人間なんて餌に近い存在にクラスチェンジしちゃったけれど、それでも。私のお菓子は人に食べてもらうためにあったものだから。

それが私が初めて人間に振る舞った最初の人間のお菓子だった。



***



「知り合いが差し入れでくれたので、良かったら」


亜門が手に提げてきた白い箱。中から立ち込める芳ばしい香りにその場にいたものの顔が和らいでいく。


「どこの店のケーキだ、これ」

「いえ、知人の手作りです。趣味がお菓子作りだそうで」

「へえ、ずいぶんと手が混んでますね」

「それが本人曰く、"本当はホイップなりなんなり乗せたかったけれど、持ち運びには不向きだから"だそうで」

「本格思考ですね、その人」

「まあ、大のお菓子好きだからな」

「どうしたジューゾー。珍しいな、お菓子を前にしてお前が黙りこくるなんて」

「いいえ〜……」


自分の皿に置かれたシフォンケーキ。フォークを刺して口に運んだ什造は、舌の上に広がる味を噛み締める。何かを言わなければいけない。そんなような気がした。


「今までで一番、」


一番、なんだったのだろう。口を開いたまんま、篠原に心配されるまで彼の眼はどこかの誰かの影を探した。かつて彼にご褒美をくれた化け物はどこにもいないというのに。



(原作七年前くらい? 主人公が人肉ケーキの製造に成功したばっかりあたりにレストランでジューゾーと会っていた話。恐らく求められているのは違う話だろうと予想できても書かずにはいられなかったんです。ジューゾーくん好きなんです)
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