巻島と双子ifの続き



インターハイが終わって本格的な夏休みに入ったっていうのに自転車競技部は今日も今日とて練習らしい。朝早くにロードに乗って出て行った裕介を寝ぼけ眼で見送りながらご苦労なことだなとあくびを溢した。

あれから私の日常は特に変わりを見せない。主人公の敬愛する先輩の姉。そんな微妙な立場の私はたぶん裕介の出番とともに原作から遠ざかっていくんだろうな。ま、今までも決して近い距離にいたわけじゃないし、変わらないのは当たり前だよね。大きく伸びをしてこちらも出かける準備をするべく顔を洗うことにした。こちとら二度目だろうが受験生である。人のことを心配してられるほど頭の出来はよろしくない。この夏休みだって予備校に行かない代わりに自分で勉強することになっているのだからうかうかしてられないわけだ。

制服に着替えて電車とバスを乗り継ぐことしばらく。学校の図書室に辿り着いて勉強の始まり。卒業認定の勉強をしてる裕介と比べれば悠悠自適だけれど国立狙いとしては油断できない。蝉の音と古いクーラーの送風音がうるさい中、ふと気が付いた時には既にお昼を回っていた。そういえば母にはお弁当を作ってもらったんだっけ。やけに大きく重い包みを開けて、中身を確認した瞬間深いため息が出た。


「差し入れを持って行けと」


というかこの重さを不思議に思わなかった私が馬鹿なのか。

明らかに一人分じゃないおにぎりとおかず、そして奇抜な色使いのメモ用紙が妙に威圧的に感じた。はいはい行きますよっと。



「失礼しまーす。巻島の身内が差し入れ持ってきましたよー」


どうせ練習中だろうなあ。古賀か手嶋あたりがいれば渡してすぐに帰ろう。そんな軽いノリで入っていったのに何故か部員大集合で各々飯食って駄弁ってた。これはナイスタイミングなの? こっちにとってはバッドタイミングだけど。つか裕介がすっげえ嫌そうな顔なんだけど。うちの母が三者面談で喋りまくった時以来の顔なんだけど。


「あれ、巻島さんの妹さんやないですか! 今日はどないしはったんですか?」

「バ、バカ、鳴子!」


赤頭なナルコくんのテンションハイなお出迎えにちょっと逃げ腰になりかけたところで焦った裕介の声が被さる。ついでその手の携帯電話がすぐさま喧しい騒音を出し始めた。ま、まさか。


「裕介、それって」
「うるせえっショ東堂!!!」

「うわちゃー……」


完全にバッドタイミングですありがとうございました。

なにやら言い争い始めた兄を尻目にとりあえず金城くんと田所くんのところへ避難。お弁当箱というかむしろお重を机に並べれば皆さんの熱視線をいただきました。クーリングオフで。


「わざわざすまないな巻島さん。今日はこのために学校に?」

「いやいや、図書室でお勉強。家だとだらだらしちゃうからね」

「相変わらず巻島妹は巻島に似て変なところでクソ真面目だなァ。ちったァ頭より体動かせよ」

「実家に就職決まってる田所くんには言われたくないですぅ。つかいつまで巻島妹って呼んでんだよ。もう三年目っしょ」

「おお! とうとう巻島の口癖までうつったか!」

「うつってねーし、言い回しの問題だし」

「ははは! まるで巻島と田所のいつもの会話を見ているみたいだな」

「笑い事じゃないのよ金城くん」


そうこうしている内に話が決まったのか裕介がしぶしぶ嫌々を前面に押し出して私に携帯を差し出してきた。何故負けた。もっと根性を出せよ蜘蛛男。


「アイツしつこいっショ」

「なんでそんなにしつこかったんだ? 巻島さんと友達なら彼女の番号くらい知っているだろう」

「知らねーよ。教えたら名前の履歴が大変なことになるっショ。だからオレ経由じゃなきゃ連絡できねーようにした」

「それは、また……」

「めんどくせーことになったっショ」

「(意外と過保護だったんだな、巻島)」

「(コイツ、こんな為りしてシスコンかよ……)」


携帯に耳を当てて十秒。声は聞こえない。けど息遣いは聞こえるから向こうには誰かがいる。何回か電話してそれが当たり前になってしまったというのはどういうことだろう。最初の方はいくら待っても聞こえて来ない声にイラッとして電話を切った。ら、裕介の履歴が大変なことになったらしく私が怒られた。知るかよボケェ。それからいろいろと模索して自分から話題を振るというテクニックを発見したわけ。


「えーと、久しぶりだね東堂くん。元気してた?」

『ぁ、あああああ、この東堂尽八の手にかかれば、じ、自分の体調管理など、おおお手の物だ!』

「へーえ、それは良かった」
『そそそそそれで名前ちゃんは、その、げ、元気か!? 体を冷やしてはいないか!?』

「うん、今は夏だからね。あまり冷えることはないからね」

『だ、だが、巻ちゃんがクーラーやらアイスやらでお腹の調子がよろしくないと言っていた! あまり、名前ちゃんも、そ、そういうことには気を付けた方が良いと、思うぞ! 女子が体を冷やしてはイカンからな!』

「そっかー、気を付けるよ。ありがとうね東堂くん」

『う、あ、ああ、と、当然のことを言ったまでだ! ああ、そうだ! 当然だとも!』

「じゃ、裕介に変わるから」

『……え"!?』

「さよなら東堂くん」

『ま、待ってくれ名前ちゃっ、もう少しはな、話さないか? 名前ちゃん? 名前ちゃ……名前ぢゃああああああん!!!』


ほいと裕介に向かって手渡したら微妙な顔で呆れられた。だって話が見えないんだもん。お母さんみたいなことしか言わないんだもん。気遣いは有難いが正直高校生の会話じゃない。それにお腹空いたし。

差し入れに手を出し始めてる集団の輪に加わって、綺麗に巻かれた卵焼きを一口。うまー。慣れ親しんだ甘い味に気を取られて、さっきまで話していた内容なんて記憶の彼方に吹っ飛んでしまった。


『巻ちゃん! 名前ちゃんともう一回! もう一回変わってくれ!! 巻ちゃん!! 巻ちゃん!!!』

「お前マジ気持ち悪いっショ」



(青桜さん以外にも無記名でたくさんの方にリクエストしていただいた双子ifの続きでした。だいたいこんな感じで巻ちゃんを間に挟んで距離が縮まらない二人です。しかも巻ちゃんがイギリス行ったら電話を変われないのでさらに距離が開きますね。巻ちゃんはそれを狙って中継地点になったわけですが。壁は高いぞ頑張れ東堂)
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