荒北となんだかんだで仲良し



「げ」


至極嫌なものを見た、という顔で荒北はメロンパンを取り落とした。

場所は箱根学園の購買近く。荒北は本日の戦利品を抱えて教室までの道のりを歩いていた。昼休みなのだから当然人はごった返しているのに、そんなこともなんのそのという遭遇率で彼女に出くわすとはなんて日なのだろうか。


「こんにちは、荒北さん今日は購買なんですね」


御堂筋名前。荒北が最も苦手とする女子である。


「なんでいんのォ……」

「私も購買だったからに決まってるじゃないですか」


足元に落ちていたメロンパンを拾い上げ、名前は朗らかにそう答えた。

その短いスパンで顔を見た瞬間吊り上げた眉をそのままに、数秒でげんなりした顔に変える忙しなさを披露した荒北。それを知ってか知らずか名前は笑顔のままである。ちなみに、通常ならげんなりする前に歯茎を晒しながら怒鳴り散らすという反応が常の彼であったが、名前に対してそれはしない。既に無意味なことを嫌という程知っているからである。

小さな紙袋一つとミルクティーのパック、そして今しがた拾ったメロンパンを片手にした彼女は、荒北の腕の中に抱え込まれている大量の菓子パンを認めて目を丸くした。


「荒北さんのお昼ってすごい量ですね。やっぱり自転車選手はたくさん食べますもんね」

「そーだネ。だからそのメロンパンも食べなきゃいけないんだケド」

「そうなんですか。私なんてお肉が入ってるから良いかなって、今日はハンバーガー一個にしたんです」

「ウン、聞いてねーわ」


しくじった。荒北はその手の中のメロンパンを睨みつけて舌打ちする。メロンパンという人質を取られた彼にこの会話を打ち切る術はない。こんな優等生然とした後輩に、公衆の面前でこんな好意的すぎる態度を取られては、我を貫き通す荒北でも強行手段に打って出ることも難しい。いかに一年時に悪目立ちしまくった荒北といえど今さら不名誉な悪名は増やしたくはない。

放られた話題をどれだけ遠くまでバッドでかっ飛ばしてもホームラン直前で拾い上げてまた投げてくる。そんな会話を続ける名前を何度確信犯だと思ったことか。少なくとも今回に限ったことではない。けれど彼女がニオイを嗅ぐまでもなく無自覚な天然であるということはもう何度もの失敗を通して学習していた。荒北は学習する男である。

こうしている間にも見慣れない組み合わせの二人に周りの生徒たちが注目し、居心地の悪い空間が着々と築かれていく。このままでは第三者の勘違いで勝手な悪名が付けられかねない。


「あ、そうだ荒北さん」


軽く息を吐いた荒北に、何やら思いついたという顔で名前がまた話し出す。


「今度はなんだよ……」

「この後お昼一緒に食べません?」

「ぜってーヤダ!!」


それだけは死守したい、それだけは!

そんな思いがぎゅうぎゅうに詰まった絶叫が廊下に響き渡っても、名前の笑みは崩れないのであった。



「ぐぬぬ、荒北のヤツめ……オレよりも御堂筋さんと仲が良さそうではないか!!」

「んー、仲が良さそうというか……」

「オレが! オレが先に出会ったのに! ヤツに紹介したのもオレなのに!」

「名前に遊ばれてるようにしか見えないんだよなあ」


(まあ、寿一を待たせてなきゃ靖友もあんなにイライラしなかっただろうし)

結局仲が良いことには変わりないんだろう。何やら意味不明なことを吠えながら颯爽と二人に近付いていった東堂の背を眺めて、新開は嬉しそうに新しいパワーバーの袋を開けた。



(恐らく原作時くらいの二人を想像して書きました。今のところ荒北さんとこんな関係になってほしい心積もりです。東堂が名字呼びなのに新開は名前呼びに変わってるのもそういうことです。どういうことだ)
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