犬牟田とお茶するだけ
「犬牟田先輩ってコーヒーはブラック派なんですね」
ポツリ。静かな居心地の良い空間の中、唐突なその一言はゆっくりとした速度で落とされた。
柔らかな陽光の差すテラスで向かい合って各々の作業をしていた二人。紙媒体の書籍を読んでいた名前に対して、携帯端末の画面を舐めるように見ていた犬牟田は、僅かに爪を保護シール越しの液晶にぶつけてしまう。それは少なからず彼を動揺させたことに違いはなかったが、そんなことはおくびにも出さず、ごく自然な動作で向かいに座る名前に目線を合わせた。
「あまり甘いものは得意じゃなくてね。そう言う名字こそスティックシュガーを使っていないようだが?」
「ああ、私不器用なので。自分好みの甘さに調節できなくて失敗しちゃうんです。失敗するくらいなら苦いままの方が美味しいかなって」
下がり眉で人の良さそうな表情のまま頬をかく少女は確かに可愛い。しかし彼女の所業を知っている身としてはその可愛いさは恐ろしさへと繋がる道標だ。
あんなにも人を手のひらで転がすようにおちょくっておきながら自身を不器用と評すとは。
本人が無自覚とは知らない犬牟田にとっては、あまりにも皮肉が効いたセリフに聞こえた。恐らく猿投山あたりは眉を釣り上げてキーキー揚げ足取りに精を出すことだろう。彼女を気に入っている蛇崩ですら冷や汗を流す程度の反応は見せるに違いない。
容易に想像できてしまったそれらのリアクションをすべて忘れることにして犬牟田は肩を竦める。
「なら紅茶を頼めば良かったのに」
「いえ、だって、」
ゆらゆらと黒い瞳が左右に揺れる。黒髪と対になる白い肌が僅かばかりに色を浮かべ、犬牟田の目に鮮やかな印象を与える。なかなか言い出さない名前に怪訝な表情をした犬牟田は、口にコーヒーを含んでいなかった自分を後に褒め称えた。
「犬牟田先輩と一緒にいるなら、同じものを共有したいじゃないですか」
犬牟田は思う。果たしてこれはスティックシュガー何本分の甘さだろうかと。
口の中の砂っぽさが錯覚だと分かっている本能字学園生徒会一理知的なオトコは真顔でコーヒーを飲み干した。甘い。
(久しぶりすぎてキャラが迷子な犬牟田くんです。こんな彼で大変申し訳ないと思いつつ、何気もっとおかしい彼を連載で書いていたことを先ほど思い出しました。失礼しました)
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