手嶋落ちif



手嶋と私は同じ部活に所属していること以外で接点はまったくない。日中の学校で擦れ違うことはないし、練習でも始めと終わりに挨拶するくらいの仲だし。

手嶋は一年の時から青八木とセットで田所っちにベッタリで、夜練は主に平坦区間でのコンビネーションを極めていたから一人で裏門坂と峰ヶ山を登る私とはまず会わない。たまに登りの練習で会うことはあっても、頼まれて助けにならない助言をひとつふたつ言って終わり。先輩後輩の淡白な関係で、つかず離れずお互いそれでいいと思っていたのに。


「好きです」


ガバッと豪快に下げられた頭を目の前にして開いた口が塞がらなかった。

三年最後のインハイが終わって私がイギリスに留学するまで一週間を切った頃。部活の帰りに相談があると手嶋に呼び止められて、また練習のことだろうかと居残ったところ、真っ先に始まったのがコレだ。


「お、まえ、本気か? 練習しすぎ? 酸素頭に回ってる?」

「後輩のマジ告白を茶化さないでください」

「心配してんだよ。ほら、一回田所っちの真似してみ? さーんーそー」


なんでこれから新体制が出来てくって時に告白なんかしてんだよ。いやそれ以前に私にマジ告白する意味が分からん。そこそこ無茶な練習メニューも組んだし、何回も登りでチギって置いて行ったし。普通の感性なら告白は告白でも愛の告白じゃなくて実は嫌いでしたの方が一般的じゃないのか。スーハースーハーと何故か私のほうが熱心にやってしまって手嶋が呆れたように嘆息している。お前のためにやってんだぞこれ。


「それで返事くださいよ」

「え、ホントにマジなの?」

「マジだから聞いているんでしょう」

「えええ」


そんなマジな目で私を見るな。いや、マジだからマジな目でいいのか? え、マジで? マジでこんなコミュ障好きなの? マジか? マジマジ言いすぎてマジで頭混乱してきた。


「わ、悪いけどあたし? 来週からイギリス行くから? もうしばらく会えないから、マジ、付き合うのはちょっと……あ」


当日まで言うつもりのなかった情報を思わず口に出してしまった。さっきまで威勢が良かった手嶋が真顔になった。そんでしばらく間を置いてからニヤっとあくどい笑みを浮かべた。なにこれ怖い。


「それ、東堂さんは知ってるんですか?」

「はあ? なんで東堂? アイツどころか誰にも言ってないけど」

「そう、ですか」


おい、なんでそこでさらにニヤニヤするんだ。情報の先取りがそんなに嬉しいか。もしくは私が遠くに行くのが嬉しいのか。ん、あれ? それはおかしいのか? ん?


「じゃ、返事は次に帰国する時でいいんで。考えておいてください」

「お、おう……いや、だからあたしは付き合う気なんて、」

「なにも付き合ってほしいわけじゃなくて、返事が欲しいんです。……オレのこと、嫌じゃないんですよね?」


ぐいっと腕を引かれて鼻先がくっつきそうな至近距離からそんなことを言われたら、まあ、照れるもんだよな。当たり前だよね? 私だけじゃないよね? とりあえず手嶋、人がフリーズしている時にほっぺにちゅーするのはやめろ。やめてくださいお願いします。


手嶋の猛攻はそれだけじゃなかった。なんやかんやと押し切られる形でスカイプを教えてしまったのが運の尽きか。手嶋は毎日とは言わずとも一定の期間を置いて連絡を取ってくるようになった。海の向こうのイギリスまでだ。お互い時差の関係で長くはできないけれど、部活や学校の些細なことをポツポツ話す。総北にいた頃よりもよく話している自覚はあった。

手嶋は私からしても明らかにリア充だ。モテ要員だ。コミュ障の私にとって眩しすぎる。話すのも正直得意じゃない。そこらへん相手も重々分かってるのかちょうどいいくらいの押しで話を振ってくる。十分から三十分の長い会話が終わって、パソコンをシャットダウンしたあたりで遅れてハッとした。我に帰ったとも言える。これ、完璧絆されているのでは。

クリスマス休暇で一時帰国した時に東堂からのお誘いがあった。千葉も神奈川も積雪はまだらしく、今なら山を登れるとのこと。インハイで勝負はついたってのにそれでもまだ勝負したりないってか。自前のジャージに着替えてから愛車を組み立て、家を後にする。行くのは東堂のところじゃなく、峰ヶ山のいつもの場所。東堂と一緒に登ることはやぶさかではないけれど先にこっちを登っておきたかったから断った。ま、向こうに行ってからあんま乗ってなかったし、夏と比べたら差は開いているんだろうなあ。

無心でペダルを漕いで、漕いで。山頂のいつもの駐車場に着く頃には日が落ちて真っ暗になっていた。クリスマスイブのこの時間に人なんているわけもなく、車一つ停まっていなかった。


「ま、きしま、さん?」


はあ、すごいなコイツは。

汗だくで、苦しそうに顔歪めて、止まりそうになっても必死でペダル回して。私が言ったアホみたいなメニュー、こんな日にまでこなしてる。


「いつのまに、帰ってたんですか」

「なに、帰ってきちゃ悪いの」

「ンなわけないって知ってるでしょうに」


ロードから降りて、参ったみたいにヘルメット外して顔を隠してる。髪の毛の隙間から見える耳が腕よりも赤くて、珍しく照れてるなあって面白かった。


「あんまカッコ悪いとこ、見せたくなかったんだけどな」

「…………好きな人が頑張ってるとこは、カッコイイだろーが」


あーあ、言っちゃった。

ヘルメットがコンクリートに落ちる音が大きい。三白眼というには少し可愛げのある目から見つめられて、怖いやら恥ずかしいやらで私はロードに飛び乗って逃げ出した。もう、携帯が怖くて開けない。



(事細かにリクエストしていただいたものの、私の力量不足でこんなもんになってしまいました。多分巻ちゃんが正式に帰国したら多角形さんのおっしゃる通り流れで婚約しちゃってるんだろうなあと。悪手嶋さんならやりかねないですよね)
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