黒田と話す



御堂筋名前という女子について、最初黒田はそんなに興味を持っていなかった。

春、いつだか泉田からの相談があった時は同情したものだ。黒田は実物には会ったことはないが彼女の人気くらいは又聞き程度に知っている。ただの人気者じゃなく、それを鼻にかけない嫌味じゃない子。

黒田はその凄さを分かっているつもりだ。なにせ彼自身が人気者と呼ばれる枠組みの中にいたのだ。何度周りに天才と囃したてられ、何度調子に乗ってると難癖をつけられてきたか。中学の頃の彼はそんなことはないと自分自身で思い込んでいた。周りからの、持てる者への僻みだと決めつけていた。けれど実際はそのとおりで、荒北との勝負に負けて自分のプライドを捨ててからは己の傲りを思い知った。そんな黒田だから思う。御堂筋名前は本当に自分の人気を鼻にかけていないのか。

初めて彼女の噂を聞いた時は少しだけ期待した。その時はまだ自分が自転車競技部で頂点を取る未来しか見ていなかったため、完全に浮かれていたのだ。部活のエースになって学年一の美人に惚れられたらどうしよう、とかなんとか。正直まだちょっとしか経っていないのに軽く黒歴史だ。忘れたい。

けれど今彼女に対して思うのは不信である。そこまで人気なら調子に乗らない方がおかしい。本当は心の中では調子に乗っていて、周りにいいように言われたいがために猫を被っているのではないか。

自分にはどうでもいいことだと思いつつ、気になるものは気になる。そこであまり親しくはないが同じ部活の葦木場に話を聞いてみることにした。


「えっと、泉田くんだっけ?」

「黒田だよ! なんで坊主の塔一郎とオレ間違えんだよ!?」


と初っ端でツッコミを入れてしまったのは予想外だった。前に見たときも思ったが葦木場というヤツは天然らしい。叫んでしまった喉の調子を咳払いで整えて、改めて名前のことを聞くと葦木場はつらつらと答え始めた。


「名前ちゃんはメロンパンよりジャムパンが好きだよ。なんかメロンパンなのにメロンが入ってないのがあんま好きじゃないんだって。おんなじ理由で確か苺牛乳もあんま好きじゃないって。それから意外とコーヒーはカフェオレよりもブラック派で」

「へえ、そうなんだ……じゃねーよ! んな食べ物の好み聞いてねーわ! お前さてはアレだな、オレに御堂筋さんの好み覚えさせてパシリにする気だな!? ああ!?」

「ええ、いきなり騒がないでよ泉田くん」

「だからオレ黒田!!」


肩で息をつきながら思った。天然の相手は疲れる。

葦木場とのコミュニケーションを諦めて黒田は帰ることにした。天然と話していたせいで少し帰る時間が遅くなってしまったらしく、外はすっかり暗くなっていた。無駄な時間を過ごしたものだ。暗い道のりを寮まで大股で歩いていると、黒田の目の前を歩く影があった。箱学の女子制服。この時間に女子が歩くのは些か危ない。誰だろうと追い抜かしながらさりげなく顔を確認すれば、先程まで話していた渦中の人物であった。


「み、どうすじさん!?」

「はい?」


びっくりして目を丸くしたのはお互い様だった。黒田はあまりにもタイムリーな巡りあわせに正直テンパったし、名前は知らない男子に名前を呼ばれて驚いている。


「えっと、同じクラスの人、じゃないよね?」

「あ、ああ、悪い。顔と名前知ってるだけだ」

「う、うん?」


黒田のしどろもどろな言い訳に、不思議そうに首を傾げながらも納得してしまったらしい。その反応は今日葦木場に声をかけた時と同じ反応だと思った。

そこは怪訝そうにするのが普通じゃないのか。見知らぬ男にこんな暗いところで呼び止められたんだぞ。美人の自覚があんならもう少し警戒ってもんをしろよ。

ツッコミたい言葉を初対面の女子相手に向けるわけにもいかないため、仕方なく喉の奥に飲み込む。


「そういえば、なんで私の名前知ってるの?」

「は? ああ、有名人だしな、御堂筋さん」

「有名人?」


何故そこでまた不思議そうにするのか。もしかして謙遜してるのか。自分が見られてる自覚がない天然のフリでもしているのか。天然はフリをしたらただの養殖にしかならないぞ。


「生徒会ってそんなに目立つんだ」

「はあ?」

「箱学って生徒会への関心が高いんだねえ。私知らなかった」


そういうこっちゃない。大きな声で言ってやりたい。けれど黒田にはその気力もなかった。彼は知っている。この本筋がズレていく感じ。軌道修正しようとすればするほど疲れていくこの感覚を。もしかして、が確信に変わってしまった。

黒田が今まで勘ぐっていた御堂筋名前という女子は間違いなく、


「天然かよ……」


学年一の美少女。優等生。高嶺の花。疑っていたとはいえ、少しだけそれらに抱いていた理想が一気に崩れ落ちた黒田だった。



(黒田くんから見た主人公のお話でした。今まで出番が少ない黒田くんですが一応連載の後半からちょくちょく出す予定なので楽しみにしていただければと思います。荒北さんといい黒田くんといいエースアシスト組は警戒心が強そうなイメージがあるので、顔が可愛いだけではなびかないだろうなあと。あ、石垣さんは元エースなので除外です)(高田城くんを泉田くんに修正しました。高田城くんはまだ入学してませんでしたね)
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