姫付き女官から見た末姫



彩八家には及ばぬもののそこそこ名のある貴族に拾われた彼女は、ある程度の教養を身につけたそばから家を放逐された。もともとはその家の娘に付く侍女が欲しかったという理由から犬猫のように養われてきたのだが、彼女本人がその娘に好かれなかった故にその措置を取ったらしい。つまり彼女は捨てられたも同然に愛憎蠢く彩雲国の後宮へと送りこまれたのだ。

彩雲国国主が娘、第七妾妃の子の側仕え。それが彼女に与えられた立場だった。

本来ならば彼女のような下っ端が姫のお世話を直接することなどありえない。けれどそれは当然のように彼女に押し付けられた役割だった。姫は確かに彩雲国の始祖の血を引く直系の姫ではあったが、姫であるが故に周りから見放された存在でもあったのだから。

第七妾妃は藍家縁の高貴な姫で、男子を産めば次期国王候補と名高い清苑公子の次に有力な子になる。他の妃たちから遅れを取ったところでそれは揺るぎない未来のはずだった。けれど不幸なことに、生まれてきたのは美しい女子。王と妃の美貌を受け継いだ子とはいえ到底次期国王になれるものではなかったのだ。第七妾妃は生まれた子が女子だということに嘆き、なきものとして名を与えなかった。以来姫は名無しの姫のままである。

彼女が後宮に来たのは十二歳、姫が二歳のこと。既に言葉を覚えていたとはいえ、姫はどうしようもなく人間として不完全だった。幼子に何をと思うかもしれないが、それでも彼女にはそうとしか思えなかった。子供ながらに無表情で無感動。泣きも笑いもせずにただ周りにされるがまま座り続ける。そんな不気味な幼子を周囲は見向きもしなかった。彼女以外に姫の世話をするものはいなかったし、姫もそれに不満を言うことはなかった。彼女は人形の着せ替え係に指名されたに違いないと肌で感じていた。

それが変わったのはいつだったか。はっきり覚えているのは国王のもとへ謁見に向かうため、いつも以上に気をつけて人形の着替え支度をしていた時だ。高級な絹を纏めるように姫の御髪を整えていると、普段ならば人形のように微動だにしないはずの姫が背を震わせたのだ。顔には出さずともその驚きはそうあることではない。気分が悪いのかと顔色を伺えば、両親譲りの麗しい御顔を幼子のように緩めていた。幼子のように、などと本物の幼子に対して例えることは間違いではあるが、人形が突然幼子のように目を細めて嬉しがったのだ。それは姫に限ってしまえば天変地異の前触れかと背筋の凍る出来事だった。なにが原因でなにが切欠か、彼女にはまったく分からない。だが、その日以来姫が一人の人間になったことは確かであった。

読み書きを習いたいと自分から言い出したくせに高級な懐紙を墨で塗りたくり顔まで汚して、今まで自分から出たこともない庭に一人でかけていき、食事になんの興味も示さなかったのにやれあれが食べたいあれはないのかと囃したて、道行く妾妃や公子たちから見えないように舌を出して指を差すやんちゃっぷり。何度彼女は溜め息をついて諌めたことだろう。拾われる前に見た近所の悪餓鬼を思い出して、まさかそんなと頭を振ったことは数知れず。

それは姫が年頃になった今も変わらない。

姫は美しい。彩雲国のどこを探してもこれ以上に美しい姫はいないだろう。例え愛読書が市井の拙い娯楽書であろうと。自身の美しい御髪で手遊びをしようと。女人に人気な花茶を飲みにくいという理由で嫌おうと。未だそれらしい名を持たずとも。一度公の場に出れば完璧な姫になってみせる。先王の子で現王の妹という立場を演じきってみせる。

ある者は姫の立ち居振る舞いを見て彼女を讃える。ここまで立派に育ったのは十四年もの長きを側で仕えた女官のお陰であると。けれどそうではない。彼女は見てきたのだ。あの人形が死んで、今の姫が生まれてしまったのだということを。この猫かぶりの上手いものぐさ姫をよく知るのは、この世で恐らく彼女ただひとりなのだ。

現在の彼女は引きこもり姫の筆頭女官としてそこそこの地位を築いている。姫の周りには甘い蜜を目当てに舞う蝶が増えたし、我先に傾国の美姫を手にせんとする貴族の縁談で部屋が溢れる。姫の兄上が国王として祭り上げられ俄かに騒がしい立場へと押し上げられたというのに、本日も姫はのんきに娯楽書のしょうもないことで腹を抱えて笑うのだ。


「姫様、御髪が乱れます故」

「今日はもう外でないから平気平気」

「はあ」


紅貴妃付き筆頭女官の珠翠と双璧をなす後宮の古株女官。外れの末姫様を押し付けられそれでも苦心して出世してきた彼女の、どうにも締まらない日々は未だ終わりを見せない。



(主人公が周りからどう思われているのか、ということで末姫のお付き女官さん寄りの視点でお送りしました。女官さんにだけ素を出している末姫と誰よりも呆れた目で周囲を傍観している女官さんです。アホな子+クールなお姉さんの主従が好きなんです)
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