秀麗が末姫と会う



「八年前の王位争いから残った王族は、二人のみ……?」


その文章を読んで秀麗は首を傾げた。金五百両に釣られてやってきた後宮の、貴妃に宛てがわれた広い部屋で一人。聞きなれない涼やかな音を髪飾りが奏で自身の置かれた状況がますます異常なものに感じられる。王の妃として招かれたとはいえこのような扱いは生まれてこの方受けたことがない。機能性よりも見た目が重要視された装飾品は姫としての行儀作法に自信のある秀麗とて気になるものは気になる。

いや、話が逸れた。今彼女が疑問に思ったのはその一文である。


「王様には妹がいたのね……」


そういえばそうだった、ような。秀麗の記憶を辿ってもこの国に姫がいた事実がとても薄い。名も、噂も、耳にしたことがとんとない。主上の私生活について市井で暮らしていたためにここに来るまで知らなかったのもあるが、存在すら知られていない姫とはいったいどういうことだろうか。秀麗は本の続きを捲る。捲って読もうとした文章が目に触れる前に、珠翠の声が扉からかけられた。


「紅貴妃様、少しよろしいでしょうか」



「お初にお目にかかりますわ、紅貴妃様。わたくしは彩雲国先王が第七子、現王が妹にございます」


綺麗な人。

素直にそう思った。亜麻色の長い御髪を高く結い上げ、見るも豪華な簪で飾った頭。鮮やかな紫の衣は王家の証で、その鮮やかさに引けを取らない華やかな顔立ちをしている。繊細な指先を重ねて拝礼するその様は、誰もが感嘆の溜め息をつくような素晴らしさだった。


「紅秀麗です。よろしくお願いしますね」

「はい、末永くよろしくお願い致します、お義姉様」


完璧な微笑の下で秀麗は悲鳴を上げたくなった。彩雲国の王族、それもこんな美姫に姉と呼ばれたのだ。紅貴妃という地位は確かに王の妹よりは身分が高くなるが、自分は仮の妃なのだ。妃でなくなった秀麗など彼女に頭を下げられただけで恐れ多くて眩暈を起こす。実際今も倒れそうだ。


「わたくしのことはどうぞお好きに呼んでくださいまし」

「お好きに、ですか」

「ええ」


長い睫毛を伏せ、先ほどの深窓の姫君を思わせる微笑みから憂い漂うものへと表情を変える。その反応に秀麗はなにか不味いことを言ってしまったのかと冷や汗が止まらなかった。


「わたくしには大それた名などありませんから」


どういう意味だろう。姫付きの女官に連れられて、最後まで丁寧な態度を変えなかった彼女を見送る。その華々しい姿が去ってから、途端に体の力が抜けた。


「どうぞ、お茶を淹れました」

「ありがとう、珠翠」


だらしないと分かりながらも椅子に背を預けた秀麗は、お茶を受け取ってから、開きっぱなしになっていた本をちらと眺める。紫家のことについて書かれた項目の、たった数行に纏められた内容は、先ほどの末姫に関してのことだった。


「忘れられた姫君」


七番目に生まれてきた最初で最後の姫君。第七妾妃の子。八年前の王位争いが終結してからその存在は認知されたが、あまり表には立たず後宮の奥でひっそりと生活している。主上との関係は不明。

秀麗と同い年の、誰よりも美しい末姫。けれど彼女の歴史は傍から見れば紙一枚をも埋めることができない。そんな姫が、この彩雲国の中心にいながらなきものとして扱われてきたのだ。


「なんて、寂しいのかしら」


淡く色づいた花茶を口に含む。この高級なお茶を彼女は毎日飲んでいただろうに、秀麗にはちっとも恵まれた存在には思えなかった。



***



はいはい終わった終わった。主人公基義理の姉上との謁見も終わりましてもう私のやること終了でございます。いえい。兄上の戴冠式以来久々に複雑に編んでもらった頭が重いのなんのって。女官さんがやってくれてる時は鏡の前でテンションMAXやっほーい状態だけど終わったあとはただただ苦行だ。私は水瓶を頭に乗っけるインド人か。あ、インド人って偏見かね。偏見いくないねこの話はやめよう。無駄に飾り立てた簪を大きいものから引き抜いて最低限シンプルの枠組みから外れない程度の量に減らす。見るのは楽しいけど実用性も大事。さっきの挨拶であとちょっとでも前に傾いてたら床とゴッチンしてたもん。確実に姫様イメージ崩してたもん。あーあーやだわあ。姫様の外面疲れるわあ。主人公と毎回これで会うの嫌だわあ。いや別に? 主人公は嫌いじゃないけど? たぶん一緒にいたら疲れるんだろうな。だって彼女クラスに一人はいる委員長タイプでしょ? 委員長って冗談通じるか通じないかで友達になれるか微妙になってくるし。たしかあと三ヶ月だっけ? もっとかな? そんだけの間付き合っていけるかって言ったら五分五分だわなあ。つか頭にどんだけ飾り乗っけてたんだよ。一昔前のギャルでもこんな乗っけてねーよ。ぽいぽい外して軽くなった頭を確かめるように何回か首を回して女官さんにお茶をお願いする。あ、花茶じゃないヤツね。あれ花弁が邪魔で嫌なんだよなあ。そう言って出された煎茶に似てるお茶を貰って読書の始まり。何を読むって? 娯楽書に決まってるでしょ!



(通常運転の末姫様を秀麗視点でお送りしました。他人から見れば不幸な生い立ちだけど本人が一番気にしてないって話。黄奇人視点を望んでらっしゃる方もいたのですが、とりあえず書けるものから書いていこうというスタンスでこちらから。たくさんのリクエストありがとうございます)
← back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -