京伏に通ってるif



「翔くーん!!」


道行く生徒たちはその姿を見て漏れなく目をひん剥いた。

春、京都伏見高校。たくさんの新一年生が校舎の内外に点在する入学式の後。ある者は教室で新しくできた友人との会話に花を咲かせ、ある者は校門前で家族との記念撮影をしている。決して静かとは言えない賑やかな校門までの道のりを、上履きのまま走り抜ける少女がいた。ただそれだけなら変な子がいたで済む話だが、走っている人物が問題だった。

御堂筋名前。何かと目立つ噂の女子生徒だ。その仰々しい名字と普通の高校生が持つにしては落ち着いた柔らかな雰囲気。成績優秀な優等生で人当たりもよく、多くの羨望を集める彼女の存在を知っている人間は少なくない。よしんば知らなかったとしても彼女の生まれ持った華やかな容姿は見るものを惹きつけて離さない魅力があった。

そんな彼女の印象として挙げられるのは、優しい、可愛い、大人っぽい、お淑やか、公平。この字面から分かるように完璧に完全無欠のお嬢様扱いである。そんな、素敵で無敵な御堂筋さんが、たった今、上履きのまま全力で外を駆けていったのだ。それも男の名前を叫びながら、だ。


「翔くん! ちょっと待ってよ翔くん!!」

「なんや、うるさいのが来たな」

「なんで先帰っちゃうの! 一緒に帰ろうよ!」

「いやや、部活見学は明日からやろ。ボクが残る意味ないやん」

「じゃあせめて写真くらい撮っていこうよ! 今、看板のとこで!」

「なんでボクがそんなこと……」

「おばさんに翔くんのカッコイイとこ見せたいから! お願い!」

「そう言うて自分が撮りたいだけやろ……」


心底嫌そうな長身痩躯の少年の腕を引いて、入学式の看板の脇に歩いていく。今まで見たことのない興奮した美少女の様子に彼女を知る知らないに関わらず周りの人間は大困惑だった。折りたたみ式の黄色い携帯を近くの人に手渡して写メを数枚。撮った瞬間に大人しく組ませていた腕を振り払って少年は帰って行ってしまった。けれど取り残されたはずの名前と言えばニコニコと満面の笑みを浮かべ、撮ってもらった写真を何度も確認しながら校舎の中へと戻っていく。

その様子を黙って見ていた周りの人間は、ただただありえない光景を狐につままれた心地で呆然と見送るしかなかった。

「誰や、アレ」


ぼとり。手に持っていたカバンを地面に落としたのも気付かずに、あんぐりと口を開けたまま水田は立ち尽くす。彼もまたその光景に取り残された群衆の一人に過ぎなかった。




「聞いてくださいよ井原さん!!!」

「おーおー聞いとる聞いとる。聞いとるからサッサと着替え」

「誰なんすかねあの男! オレの御堂筋さんにベタベタしよって!」

「オレの? 番号前後で今年も同じクラスやからって言い過ぎやろ!」

「なんすかソレ、どういう意味すか井原さん!」


思わず吹き出した井原に噛み付くように水田が言い募る。その会話をいつものことだと聞き流していた山口はともかく、聞き流しながらも居心地の悪さを感じていたのは辻だった。

辻は緑化委員会に去年所属していて、そこでたまたま件の名前と同じ当番を受け持っていた。過疎化が進む委員会の土弄りや水遣りの頻度は意外と多い。それが一年続けばそこそこ喋る仲にはなるだろう。そう、実は自転車競技部の面々の中で一番名前と仲が良いのは辻だ。彼女の本質を一番近いところまで理解しているのも、恐らく辻だ。

だから辻は水田がそういう意味で彼女を好いていることに複雑だった。辻は知っている。彼女がどんな人間か。どんなことに心を動かし、耳を傾けるのか。水田が、そして多くの人間が抱いている御堂筋名前への印象が決して正確なものではないことを。


「すいません」

「ぁ、ああああ!!」

「なんやノブ、初対面に対して失礼やろ」


石垣がOBからの差し入れを持って部室にやってくる。彼らしく一途でまっすぐな思いの元、これからの部の抱負や意気込みを語った頃。ゆらり。そんな音が似合う立ち居振る舞いで部室を訪れた一人の少年。ぼんやりとした顔で立つ彼を大声を出して指差したのは、さっきまで自身のオールバックを自慢していた水田だった。


「こいつっすよ!! 昨日御堂筋さんに引っ付いてた男!!」


辻は瞬時に理解した。


『へえ、弟がおるん。意外やな』

『意外、ですか?』

『御堂筋て、大事に育てられたお嬢さんって感じや思て』

『なんですか、それ。私、これでもちゃんとお姉ちゃんやってるんですから』

『お姉ちゃんか……ほんなら御堂筋の弟はどんなヤツなんやろな』

『聞きたいですかっ!?』ガタッ

『は?』


この少年が、御堂筋名前の愛すべき弟だということを。

あんなにも弟を大事にしていて、恐らく誰よりも弟が同じ高校に入ってくることを楽しみにしていた名前が、昨日の入学式に他の男にうつつを抜かすはずがない。ならば、水田が見たという少年は、紛れもなく彼女の弟なんだろう。

理解したところで、それでも辻は言いたい。


『見た目だけ言ったらカッコイイともカワイイとも言えるんですけどね、中身もまあ良い子なんですよ! ちょっと物静かで人見知りなとこがあって、でも言わないだけでちゃんと私のことを考えてくれてるんです! ちょっと誤解されやすくて友達が少ないのが心配っちゃ心配なんですけど、それを抜かしても家族思いのとっても優しい子なんです!』


京都生まれの京都育ち、お笑いに縁遠いとはいえしかと関西人の血が流れている人間として、とりあえずツッコミたい。


「エースナンバーイチは、ボクがつける」



このクリーチャーのどこが良い子なんや、と。



(もしも御堂筋姉が京伏に通っていたら、でした。石やんが出ると思った? 残念辻くんでした! 京伏のネタを練ってみたら辻さん推しの自分には勝てませんでした。この後どうなるかいろいろ模索したのに辻さんと姉ちゃんが本日の翔くん報告会をやる未来しか想像できません。あとあとそこに石やんが加わって三人の討論会が始まるのでしょう。原作に一ミリもかすらない展開が待ち構えています。恐ろしい)
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