最凶主がやっぱり最凶



※赤司くんが酷い目に合います。


WC1日目。一回戦を終えて選手たちそれぞれがホテルに戻った夜のこと。名前は本日の試合で大量得点し、その後すぐに病院に搬送された。タイムアップのブザーが鳴った瞬間に激しい吐血をした彼が、その日の内に病院からタクシーでホテルに戻ってきたことは本来ならありえないことではある。が、彼のチームメイトからすれば心配するのも馬鹿らしいほどにいつものことだ。それが彼を天才と呼び足り得る存在へと押し上げ、化物と罵る存在へと貶めている一因でもあった。

血濡れのユニフォームを脱いで私服姿に着替えた名前は、どこをどう見てもスポーツをしている人間には見えない。現に鮮烈な試合を繰り広げられたばかりであるにも関わらず、ロビーでたむろす選手たちは彼がその張本人だと気付かない。


「久しぶりだね、花宮名前」


その人物を除いては、だが。

すれ違う直前に至近距離でかけられたそれを、名前が無視する理由はたくさんあった。疲れている。病院帰りだから。明日試合があるから。


「あの、どちらさまでしょうか?」


"知らない人に話しかけられたから。"

それでも立ち止まって言葉を返したのは彼の少しばかりの優しさである。彼は努力するということを知らないが、努力する人間の素晴らしさは知っている。こうして話しかけてくる輩とういものはいつかのどこかで彼に傷つけられた人間で、復讐という炎を糧に努力してきたということが僅かながらにあるからだ。まあ、大半は努力とは無縁の浅ましい暴力に頼った連中であるのが常であるが。

ホテルのロビー。こんなにも明るく人目のある場所で仕掛けるような、そんな馬鹿には見えない面差しをしていたから。名前は薄い笑みを浮かべた。


「なるほど、敗者の名など覚える価値もないということか。それは僕としても同意見だが、今回ばかりは引く気はなくてね」


薄い水色のラインが入った白いジャージを肩に羽織り、左右色違いの瞳を獰猛に細めて、赤司征十郎は己の手の内にあるバスケットボールを掲げた。


「少し付き合ってもらおうか」



ホテルからほど近いストバス用のコートで向かい合う二人。天才と天才。化物と化物。見る者が見れば震え上がる光景も、人気のないその場ではおどろおどろしい二人だけの空間が闇の中でぼんやりと浮かんでいる。それはとある少年が以前に見た悪夢の情景とよく似ていた。

軽いドリブルを繰り返しながら赤司は目を瞑る。

目の奥、1mmにも満たない薄さの網膜にこびりついた光景は、彼のバスケ人生の中で他を押しのける勢いで鮮明に思い起こされる。彼が"彼"になって初めて感じたあの空気を、感触を、洗礼を、片時も忘れたことはなかった


「初めてだったよ。試合には勝ったというのに、あんなにも惨めな気分を味合わされたのは」


スタメンは全員がキセキの世代だった。あっという間にトリプルスコアを獲得し、最終Qが始まってからも得点を重ね続けた。勝利など手のひらの上に勝手に落ちてくるものだと確信していた。それは試合終了五分前に投入された彼によって無惨にも切り裂かれたのだが。


「1プレイ。それだけでいい」


直立のままドリブルを続けじわじわと名前との距離を詰める。間を置かずすぐそこまで迫った彼が、ついに、今まで抑えていた闘志を完全に身に纏った。


「君があの日に奪っていった52得点を、今この場で返してもらおうか……


ーーーー頭が高いぞ」



黄色い左目が妖しく揺らめいた、その時、

ダンッ!!


「さっきから黙って聞いていれば」


大きな音から一拍の後、またドリブルの音が辺りに響く。数秒前までと全く同じリズム、強弱、癖で繰り出しているその手は、先ほど触れていたものとは違って青白く、骨と皮のみで形成された不健康なそれだった。

彼は言う。

無感動に、無感情に、言う。


「僕は君のことを知らないと教えたはずなのに、よくもまあそこまで好き勝手言いたいことが言えたものですね。あまりにも僕にはできない芸当をやってのけるので、感心して黙ってしまいましたが、」


はあ。溜め息が一つ。


「もう飽きました」


華奢なスニーカーが一歩前に進み、その横をバスケットボールが何度もぶつかり、跳ねる。彼のものであったそれは、今はしっかりと別の彼のものとして自由自在に操られている。


「そもそも言葉の使い方がなっていないんですよね。頭が高い、なんて。だって君は僕にとって目上の方ではありませんし、かと言って僕よりも背が低いわけではないでしょう? だから思ったんです。

"そんなに見下ろされたいんだな"って」


途端に、辺りが無音に包まれる。

ずっと鳴っていた音源が手のひらに収まって、次の瞬間にそれは3m上のリングをかすりもせずに通り過ぎたのだ。決して狙ったわけでもなく、視線の一つも寄越したわけではない。何故なら彼の視線は一身に足元に尻餅をついた男へと向けられていたのだから。


「それで、地面(そこ)から見る景色はいかがですか?」



愕然と天を仰ぐ赤司征十郎の、その姿へと。



(キセキの世代と再会するというリクエストでしたが、キセキ全員は無理と判断して赤司くんに代表で犠牲になってもらいました。赤司様ファンに自ら殺されにいく死に急ぎっぷり。赤司くんが負ける描写が恐ろしすぎて何が何だか分からないことになりました。こんな感じでよろしければお納めくだされ)
← back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -