連載終了後に東堂と
私って別に面食いじゃないし、ミーハーでもないし、束縛とかめんどくさいことは嫌だ。付き合うなら一緒にいて落ち着く人がいいし、趣味が合わなくても否定さえしてくれなかったら共有しなくても構わない。一度死んだ身としては異性に冒険なんてする気も起きないし、どうせ付き合うなら結婚することまで込みに考えちゃうから、結局心安らぐような人が理想なんだろうなあ。
「じゃあ、なんで東堂なんだろ」
「む? それはどういう意味だ名前ちゃん!」
上機嫌で大学での自分の活躍を語っていた口が瞬時にへの字になる。ああ、またこれだ。年寄りくさい喋り方が板についてるせいか小学生っぽい態度をとっただけでギャップができる。いつも表情豊かでころころ変わる顔が不機嫌になった瞬間その作りが一気に冴え渡る。東堂は黙っていればイケメンなんだ。こんな綺麗な顔が隣に並んでいるなんてよほど自分の顔に自信がなければなにか思うところが出てくるはず。
ひとしきりギャンギャン吠えてからすっかりヘソを曲げてソファの端に寄ってしまった男。一応私の彼氏。長期休暇でせっかく一時帰国して、部活のメンツや家族との時間を削って彼氏を優先したのに、東堂は簡単なことでご機嫌斜めになる。ロードバイクに乗っている時はそのうるささも気にしならないほどすごいのに、降りたらナルシのうざいヤツになる。
たくさん競い合った。たくさん話して、ライバルとしてお互いがお互いを見つめてきた。そこからどうやってお互いが恋心になって、こういう風に僅かな時間でも一緒にいたいと思えるようになったのか。この数年があっという間のこと過ぎて説明も何もできないけれど、それは本当に奇跡的なことだ。
「東堂」
巻島名前になる前の私にとって、東堂尽八は一漫画の一キャラだった。触れられるのは紙や画面越しで、こんな数cmの距離にいて、名前を呼んだら呼び返してくれることなんてありえないことだ。
「東堂尽八」
タイプじゃない。好みじゃない。そんな領域はとっくの昔に通り過ぎたことのはずなのに、今さらこんなにめんどくさいことを考えさせられてるのは。
「じんぱち」
ちょっとだけ、私もヤキモチを焼いてたってことなのかな。
意地でもこっちを向かない気らしい東堂のそばに身を寄せて、耳元で息を吐くように名前を呼ぶ。硬い筋肉質な肩に手を置いて、膨れている頬にゆっくりと顔を寄せた。
「あんま心配させんなよ」
うるさくて心が狭くて束縛しいで、私が手の届かないところで輪を広げる彼氏が、ほっとけなくて手放せないんだ。よくよく考えなくたって私も人のことは言えない。だって東堂が私の好みから外れているように私も東堂の好みから近い場所にいるわけじゃない。それでもこうやって身を寄せて、馴れ馴れしく名前を呼んでも許されるってことは、そういうことなんでしょう。
今日くらいは正直になろうかな。
我ながら珍しく甘えるということをしてみたら、想像以上に落ち着いてしまって体を離すことがとてももったいない。置くだけだった手を首に回してもっと顔をくっつける。あ、熱くなってきた。
「ま、巻ちゃん……!」
「なんだ尽八。あたしがちゃんと呼んでるのに、そっちは前の呼び方に戻すのか?」
「だって巻ちゃんがこんな、」
「じゃああたしも東堂に戻そ」
「それはダメだ!!!」
ガバッと振り返った東堂はいつも以上に真剣な顔をしていて、でもちゃっかり握られていた手は小刻みに震えている。付き合いたての時を思い出すな。その時のことを思い出したら顔がじわじわ熱くなった。東堂のがうつったかも。
「……名前」
小さな空気の震えだった。けど今はそれで十分だった。ゆっくりと伏せられた長い睫毛と近づいてくる鼻先を見比べて、その慎ましいサイズの鼻をそっと摘む。
「クハッ、変な顔」
今度呼ばれた名前は耳に残るほど悲痛な叫びだった。ああ、可愛い。
(大学一年か二年くらいの二人。すごく頑張った。誰かに褒めて欲しいくらい頑張って甘くしました。結局茶化してしまったのは私が耐えられなかったからです。東堂はイジってなんぼだと勘違いしている私です。茶化さない甘が欲しいという方は、リクエスト内容に添えていただければ爆発しながら書こうと思います。今さらすぎますかね)
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