聖人の蔓延る地



「シエってなんだか私の妹に似てるのよね」
「そうなの?」


アイスティーをストローでかき混ぜていたシエが明美を見やる。釣り目がちな目元が興味津々というふうに輝いて、黒々とした髪が肩下で無造作にはねている。そういうところが子供っぽい。明美は同い年の後輩を可愛く思った。


「いっつもニコニコしてるとか?」
「ううん、むっつり怖い顔してるの」
「似てなくないですか、ソレ」


一言返してアイスティーを一口。ストローに顔を寄せる際に髪を抑え目を伏せる彼女は、それだけ見ればどこかのお嬢様のようだ。実際はその口から出る崩れた敬語と気の抜ける冗談は丁寧な所作と合わせるとちぐはぐで。そこがまた不思議な魅力なのだろうと明美は考えた。徐々に崩れだした敬語と相まって彼女が自分に気を許しているような印象を与えるのだから。


「しかも明美さんの妹なら美人さんなんでしょ? 全然似てないと思うな」
「確かに妹はものすごく可愛いけれど、シエだって可愛いわよ」
「え、照れる。明美さん優しすぎじゃない?」
「本当のことよー」


照れくさそうに両手で頬を包む仕草。そんなところだけ年頃の乙女のようだ。

穂波シエとの会話は、初対面の時から少しずつ明美の気を引いた。人懐っこい笑みと興味を隠さない視線。よく聞きよく話すがやかましくなくちょうどいい態度。話しているだけでとても心地よい。それが彼女の魅力だった。

シエは相手に気持ち良い会話をする。相手を尊重し、肯定し、喜ばせる術を持っている。決して否定せず、煽らず、やりすぎない。そして何より、ほんの少しの特別感。自分だけが特に気に入られているのではと思わせる絶妙な匙加減は簡単には真似できないだろう。それが技術的なものなのか無意識的なものなのか、明美は恐らく天然なのだろうと思っている。作られた優しさは長く続かない。いつかはボロが出て破綻してしまうだろうから。明美はシエがどんなにすごい人間なのかを知っていた。

けれど、それだけで彼女をこんなにも気に入ったわけではない。


「それにあなた、自分の顔大好きでしょう?」


シエは自分を美人ではない、普通の、平凡なつまらない顔だと評す。明美を褒めちぎることに使うものと同じ口で卑下するように自分の顔を批評する。けれどそれは単なる卑下ではない。彼女は自分の顔を愛しんでいるのだ。日本人であれば珍しくない、誰も見向きもしない当たり前の個性の一つ一つを彼女は素晴らしいものだと、かけがえのない宝物だと思っている。彼女が挙げる日本人的なパーツの数々は自分を客観視しているのではなく、自分の気に入っているところを挙げているに過ぎない。顔に関して言えば、シエは究極のナルシストのようなものだった。


「え……」


小さく、口が開いた状態で彼女の顔が静止する。口角はちゃんと笑みを象っているが、明美にはそれが無表情にしか見えない。それどころか、彼女の普段の笑みですら明美には妹と同じむっつりとした無表情と変わらなく感じていたのだ。

出会ってから何度もあることじゃない、シエの意表を突くことに成功した明美は失笑した。彼女の無表情に近い顔を見たことがある人間は、少なくとも大学内で自分だけだろう。それが明美に僅かばかりの優越感を抱かせる。これがシエお得意の話術の内なのだとしたら明美は既に彼女から逃げおおせることなどできないだろう。


「明美さんといるとたまに調子狂うんですよね」
「どうして?」
「姉……ってなんとなく憧れていたから」
「じゃあ、シエは私の二人目の妹ね」


明美がそう言うと、シエの真一文字に近かった口がゆっくりと弧を描いた。そう、これだ。この、顔すべてを使って嬉しいという感情を伝えてくる。この表情が、明美の大好きな彼女だ。

普通とはどこか違う、普通じゃない友達。同い年の妹のような友達。いつか明美の妹に会わせたい。そのいつかが不確定な未来に思いを馳せる。

そんな未来は、結局もしもの未来でしかなかったけれど。

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