亡霊の息づくこの場所で



水滴がどこかから聞こえてくる。部屋の外か、それとも中か。目隠しをされ手足を縛られたまま転がされた彼女には分からない。けれどそれが人間の精神を追い詰めるために用意された舞台装置の一つだということは知っていた。一条の光もない極限状態の中、冷静でいられるのは似た状況になったことがあるからだ。遠い昔。まだ人間だった時のこと。突然思い出す昔の記憶。もしもこれが走馬灯だというのなら、もうすぐ彼女は死ぬのだろう。ずいぶんと貴重な体験をしたものだと、彼女は少し可笑しくなった。そのもしもが起こりえないことをはじめから理解しているくせに、自分自身を騙しているのだ。走馬灯なんてものを見る機会なんて、これまでの人生もこれからの人生でも一度だってありえはしない。

だって彼女は死ねないのだから。


「本当に、あなた何」


頭上から降ってきた困惑を受け止めるように、彼女は顔を上げる。目隠しをされているはずの人間の、顔の向きだけは相手の顔の位置を的確に捕えている。まるですべて見えているかのようなそれが、相手の恐怖をさらに煽った。


「何故声を上げないの……猿轡はしていない、あなたが悲鳴の一つでも上げれば助けが来るかもしれないでしょう……?」
「声を上げたら、この目隠しを取ってくださるの?」


二週間ぶりに聞いた声はよく通った。まったく飲食物を与えられていないはずなのに、変わらず柔らかい音を含んで。自分が体を張って助けた相手から監禁されている人間の態度ではない。姿形は非力な女のくせに、纏う空気はちぐはぐだ。現実から遠く離れたところ、例えば、雲の上から地上を見下ろす神のような。

ヒールがカーペットの上を後ずさる。緊張と畏怖と、そして興奮。限りなく一つに混じり合う三つの感情が彼女の琴線に触れた。


「かみさま?」


彼女は笑う。神のように。聖母のように。無邪気になりきれない少女の微笑みを、そこに佇む哀れな女のために浮かべたのだ。


「その遊びはもうやめたの」

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