あなたの架空の隣人です



『元の体に戻りたい』


彼女が不老不死の体を受け入れるまで、その願いは長く続いた。

持てる力を使って集めた文献によると、オペオペの実とは食べた人間を人体改造のスペシャリストにする悪魔の産物だ。

能力者を医者、半透明のドーム状の結界を手術室、手術室の中にいる対象を患者と定義付ける。手術室の中で患者は四肢を切断されようと刺激を一切感じられず、医者の意思によって再生の如何が決められる。これらを踏まえた上で以下の論争が繰り広げられた。

オペオペの実の能力者が命を代償に対象を不老不死にする。そのメカニズムは何だろう。

不老不死となった成功例が彼女一人しかいないために統計を取ることは不可能。オペオペの実の能力者を使って再現実験しようにも当時その実も能力者も行方不明。ゆえに探究は複数の仮説を立てるのみに留まった。

不老不死の特徴は、不老手術を受けた瞬間から体の時間が停止し、外傷を受けたそばから再生が始まり、外傷には痛みが伴う。外傷に痛みが伴うという点で、オペオペの実の基本能力と矛盾が発生する。

彼女が年を取らない第一の理由として、手術を受けた時から今の今までまだ手術室の中にいる可能性が挙げられた。生身の人間の体にぴったりを覆うように透明な膜、“ROOM”が張られているのではないかと。実際の能力で四肢を切断しても流血しないのは手術室の患者の時が止まっているからだとすれば、彼女の不老の理由も説明がつく。痛みが伴うのは外傷を与えた人間が能力者──医者ではない第三者だからだろう。

では、その手術室は何をリソースとして作られているのか。ここで不老手術の大前提が活きてくる。“能力者の命”という代償。それが手術室を維持するリソースなのではないか、という仮説だ。

つまり、不老手術を施術した能力者の寿命が彼女の不老不死のリミットである。その寿命分のリソースを使い尽くせば体を覆う手術室は消え、元の人間の体に戻るのだ。

多大な希望的観測と暴論で継ぎ接ぎされた仮説だったが、机上の空論の中で一番現実的な空想がこれだった。

この仮説は未だ立証されていない。何故なら彼女は未だ不老不死の化物のまま生きているからだ。あの能力者が人並みの寿命であったなら既に死んでいるだろう年月を生きて尚、不老不死に終わりは見えない。それでも彼女は仮説を信じて待つしかなかった。

政府の学者たちとの間で様々な仮説が出ては消え再び現れる。それを七年繰り返し、彼女は一時的に元に戻ることを諦めた。現段階でできることは何もないのを理解してしまったからだ。家族を害した島民たちを島ごと虐殺し、不毛の地に街を作り、和解する目途もない家族との再会を待ち望んだ。不老不死の体を受け入れてからも、人間として死ぬことはずっと諦めていなかった。

幾多の仮説のどれが正解かも分からないまま、いずれ訪れるであろうその瞬間を生きる希望にして。彼女は世界を渡った今でも待っている。


自分の死に時の答えを、ずっと。



***



ドゥルシネーアが日本に帰ってきたのは三月の頭。アメリカに旅立ってから一年近く経っていた。

バーボンとの任務は実質二月にも満たない期間で、残りの期間は全てベルモットの補佐として同行するもの。人が変わっただけで内容は変わらず隣で訊かれたことに答えるだけの単調作業。並行してルシアの存在を周知させることも忘れない。

実を言うと、ルシア・デンという人間はドゥルシネーアがこの世界に来てすぐ作られた人間だった。

ベルモットがシャロンとクリスの二役に限界を感じた時のための布石。シャロン・ヴィンヤードの皮を捨てクリス・ヴィンヤードに完全に成り代わる、その移行の潤滑剤としてルシア・デンが出てくる。

大女優の突然の死を疑う人間は少ないだろうが、皆無ではない。ハイエナのようなマスコミ。嗅ぎまわっているFBI。他にもシャロンの死を足掛かりに仕掛けてくる人間の心当たりはいくらでもあった。そのために必要だったのが第三者の証言。家族ほど近い身内でもなく、仕事仲間ほど微妙な距離の他人ではない。ある程度発言に信憑性があり、シャロンの死を絶対のものにしてくれる人間。そしてクリスと行動を共にしても違和感がない人物。それがルシア・デンという女の役割だった。

そうしてルシアの役割も大方終わらせて、ドゥルシネーアは穂波シエに戻った。

穂波シエの寿命は大学卒業まで、残り一年しかない。大学卒業を機に失踪、ほとぼりが冷めた辺りでルシアのカバーに成り代わる。それも必要に応じて使われるだけで、大部分はドゥルシネーアとして裏にどっぷりと浸かることになるだろう。組織が潰れるか、ベルモットが死ぬその時まで。もう日の当たる場所で真っ当な暮らしを送ることはない。

残り一年を無駄にしないためにも。ドゥルシネーアは気を引き締め、意気揚々と日本に帰ってきたのに。


「シエちゃん! 帰って来てたのか!」
「穂波さん久しぶり! 元気だった?」
「シエちゃん! 急に留学なんてびっくりしたんだから!」
「穂波くん!」
「シエ〜!」


おかしなことになっている。

久しぶりに会った友人の枡山に連れられ、以前訪れたことがあるマンションにやって来たシエ。そこで待ち構えていたのはシエが広げた交友関係の中でも比較的密な間柄の男女十人だった。シエと一対一での交流はあれど個々の繋がりはなかったはずだ。それが何故かみんなで集まって一つのコミュニティを形成している。

その中心に、一年ぶりに会ったシエが組み込まれたのだ。

本来、出来上がっている集団に一人が踏み入れば異物として馴染むのに時間がかかるはず。それが、あたかも初めから異物を受け入れる器だったかのようにピッタリと一致した。

その違和感の正体は少し相手の裏を探ればすぐに分かるだろう。皆、大なり小なり何かを隠しているようなぎこちなさがある。それでも、やっぱりシエは探ることをしなかった。普通の女子大生は相手の思考が筒抜けなんてことはないからだ。

どうしてだろう。何があったんだろう。好物のおかずを最後にとっておく子供のように疑問を横に置き、シエは本題に入ることにした。


「枡山さん、お願いがあるんですけど」
「なんだい、言ってごらん」
「人を探したくて。良い探偵さんか何か紹介してくれません?」
「人探しかね? 知り合いに何人か優秀な人を知っているが、いったい誰を探したいんだい?」
「私の大学の先輩で、留学前に急に連絡が取れなくなったんです。

──宮野明美さんっていうんですけど」


枡山の柔和な笑みが引き攣った。


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