比翼の秘め事



表情を引き攣らせたバーボンとUSBを持った男が並んで車に戻ってくる。ドゥルシネーアは膝のノートパソコンを閉じてから片方に向かってにっこり微笑んでみせた。


「久しぶりね、カルバドス」


一年ぶりに会ったカルバドスはコクリと頷くだけだ。それを横目に運転席に乗り込んだバーボン。カルバドスも後部座席に乗り込んで、車はさらに人気のない郊外へと走り出す。しばらく無言の空気が続いたが、途中で運転席から不満そうな声がドゥルシネーアに向けられた。


「知り合いなら教えてくれても良かったのでは?」
「私も先ほど知ったばかりですので」
「はあ」


バーボンの苦言に申し訳なさそうな態度をしつつ決して謝りはしない。相手はもはや胡散臭そうに思っていることを隠す気はないようだ。確かに、タイミング的に疑われるのは仕方ない気もする。けれどドゥルシネーアとて嘘は言っていない。ついさっき彼女もすべてを知ったばかりなのだ。

今回の任務はバーボンのナビゲート。車に積んであったノートパソコンにインカム。インストールされた地図を元に目的地まで指示を出し、道中の敵の存在を知らせる。これはバーボンと打ち合わせした任務で、プラスしてもう一つ。“ついさっき”ドゥルシネーアに伝えられた任務がノートパソコンのメールボックスに送られてきた。

曰く、協力者が先に潜入しているため、現地で合流せよ。

協力者、と首を傾げたあたりでバーボンに近付く気配に目を見開いた。見知った相手が扉に手をかけているのに対し、バーボンと言えば味方に対して銃口を向けようとしている。大いに焦っている彼が可哀想に思えてくる状態で、ドゥルシネーアとしてはなんとも表現しがたい気持ちになったものだ。

そもそもの話、ドゥルシネーアが部屋を指定したのは敵から身を隠すためではない。目的地に行くにはその部屋の段ボールに隠された通路からショートカットした方が早いという考えに従ったまでだった。ついでに二人一緒に行った方が手間が省けるだろうと待機の指示を出したのに、瞬間的にバーボンからの不信感が膨らんでドゥルシネーアは驚いたものだ。どれだけ警戒心が強いのか。いや、敵地に単身で乗り込んでいるのだからそれも仕方ないのだろうか。もはや拗ねている風にさえ見える二回りも三回りも下の青年に内心苦笑を溢した。

こんな気持ちになったのは養い子と暮らしていたあの時以来だ。そういえばこのバーボンという青年とあの頃の彼と年の頃はあまり変わらない気がする。意識してしまえば途端に自分の子供を見ているような気分になって、ドゥルシネーアの笑みが深まった。


「少しお話しがあるので、彼と二人にしてくださる?」


カルバドスのバイクが停まっている場所に着くと同時にドゥルシネーアは口を開く。暗に出ていけと言われたバーボンは肩をすくめて車外へ出た。その姿が遠くへ行くのを見届けてノートパソコンが入っていたカバンから携帯端末を取り出す。呼び出し音が鳴ると同時に背後から味気ない着信音が響いてきた。


「もし、聞こえますか?」
「『ああ』」


感度良好。盗聴の心配はない。

すぐに電源を切ってドゥルシネーアは背後に振り返る。嬉しい、という感情を十二分に滲ませた満面の笑み。両手を口に添えて内緒話をする子供のように、彼女はそっと言葉を続けた。


「久しぶりね、ベルモット」


カルバドスは……カルバドスに変装したベルモットは、むっつりとした顔を妖艶な笑みに変えて見せた。


「やっぱりお見通しだったのね。あなたの驚いた顔が見れると思ったのに、残念」
「ちゃんと驚いたわよ? あなたの気配をしているのに、出てきたのはカルバドスなんですもの」
「驚いているならその可愛いお目目をまあるくしてほしかったわ」


細身とはいえ大の男の口から美女の声がコロコロ出てくる。その違和感ですらドゥルシネーアには関係なかった。何せ生身のベルモットと会うのはジンとの一件以来、実に一年以上も待った再会だ。助手席を倒して後部座席の彼女に抱き付くと、防弾チョッキで武装された胸板が頬に当たった。固く柔らかさの欠片もない体。抱き付いたところで彼女が女だと気づく人間は皆無であろう。相手の膝の上を跨いで首筋に顔を埋める。嗅ぎなれない煙草と硝煙の匂いが鼻を突いた。


「それで、私は何をすればいいの?」


この体勢ならば読唇術は使えないだろう。ベルモットも分かっているのか、ドゥルシネーアの金髪に顔を埋め返す。


「バーボンを見張ってちょうだい」
「まあ……彼もネズミなの?」
「いいえ、どちらかと言えばネズミじゃないことの確証がほしいの」


使うならちゃんとした駒を使いたいわ、と笑うベルモット。ドゥルシネーアは確かにそうだと納得した。彼女はボスのお気に入りでやっかみを買いやすい上に、誰にも縛られず好き勝手動く自由な女だ。その証拠に彼女は見ず知らずのドゥルシネーアを拾ったし、絶対に失敗できない任務には絶対に裏切らないカルバドスを重用する。だがドゥルシネーアは非戦闘員であるし、彼はスナイパーだ。圧倒的に人員が足りていない。ならば信用できる人間を増やそうと思うのは理解できることだ。


「ふふふ、ふふ」


それにしても。ネズミであることを証明するならともかく、そうじゃないことを証明しろだなんて。


「まるで悪魔の証明ね」
「ちょうどいいわ、私たちも似たようなものよ」


肩を揺らして笑うドゥルシネーアに毒を含んだ声が返される。


「ええ、ぴったり」


悪魔なんて呼称に嬉々として頷くのは彼女くらいだろう。背に回る手に力が入り、ドゥルシネーアは相手の呆れを感じ取った。


「それじゃあ、東でまた会いましょう」


Have a nice trip.

最後に両頬にキスを贈り合ってから二人は離れる。無言でバイクに跨った相手に手を振ると、ベルモットは頷いて来た道を戻っていった。


「ずいぶんと熱烈な逢瀬でしたね。恋人ですか?」
「あら、そう見えました?」


ふふっふふっ。

妙に機嫌の良いドゥルシネーアからバーボンが距離を取る。甥と似た笑い方が潜在的に相手へ恐怖を植え付けることを彼女はまだ知らない。ただ知らない場所を旅できることに少女のように胸をときめかせていた。

西海岸から東海岸へ。アメリカを横断する長い旅の始まりだ。

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