夜開き



今回の仕事はずいぶんと大掛かりな殲滅戦だった。

組織との取引で関係を持とうと近付いてきた新組織。それが何を思ってか、取引で用意した金を持ち逃げしようとしたばかりか他の組織へ情報をリークしようと画策していたらしい。慎重派のボスはこれにたいそうお怒りのようで、今夜大規模な取引の現場としてこのホテルを用意した。または、相手方が眠る墓を用意したとも言い換えられるだろう。

指定された位置でスナイパーライフルを構えた赤井は、今回初めて手渡されたヘッドセットの存在を思い出した。誰の指示かは知らないが、今回はこのヘッドセットから指定された人間を撃ち殺せとのことだった。赤井の他にも三人ほどスナイパーが潜んでおり、分担された区分の中でスナイプしろと。この奇妙すぎる指示が通ったのは恐らくこれを用意した人間が単なるコードネーム持ちではないということ。恐らくはボスに限りなく近い誰かが。そしてこの通信をする人間は、その幹部の直属。ライよりも遥かに上の地位にいるに違いない。

大人しく装着し、通信が入るまでひたすら伏せて待機すること十五分。突然通信機が作動し、変声器によって変えられた声が流暢な英語で始まりを告げた。

はじめはただ無心で、指示された地点の人間をスナイプし続けた。的確に、頭を狙って、一瞬で楽になれるように。犯罪者とはいえ人を殺す感覚にいい気はしない。とうの昔に甘さを捨て去ったはずの自分ですら頭の奥がズキズキと痛んでくる。


『一階南口地点E男』

『Head shot.Clear.』


どれくらい経っただろう。もしくは、どれくらいしか経ってないのだろう。時間感覚の麻痺が始まってしばらく、抱いていた違和感が赤井の脳裏に滲んで浮かび上がった。

今回スナイパーが複数配置されているのは、このホテルを全方向から監視できるようにするためだ。監視カメラをそこらじゅうに付けたのならもっと少ない人数でもこのホテル周辺をカバーできるだろう。しかし今回はそんな話は聞いていない。複数人で出入り口を見張っているわけもなく、ただこのヘッドセットから聞こえてくる指示に従って撃つだけだ。

ならば、この向こうの相手はどうやってターゲットの位置を正確に把握しているのだろう。


『二階バルコニー地点C男』

『Heart shot.Clear.』


まただ。また銃弾がターゲットのどこに被弾したかを無慈悲に伝えてくる。撃った人間が把握しているのは当たり前として、それをどこから確認しているというのだ。

まさかという面持ちで次のターゲットが来るまで待機する。それはすぐにやってきた。


『五階屋上地点A女』


五階屋上にドレス姿の女の影。ヘリポートへ向かう途中の歩みにスコープの照準を合わせる。頭を一発。狙ったはずの弾丸は、赤井の僅かな動揺を拾って狙いから逸れてしまった。

狙ったはずのない、ドレスのスリットから伸びる右足へ。


『Right foot.Again.』


被弾した瞬間に声。次いで女が倒れ伏す。頭から外れたとはいえ動きは封じたはず。だが相手はもう一発撃てと、殺せと命じてくる。間を置かず再度スコープの照準を合わせ、ショット。


『Head shot.Clear.』


赤井の米神に冷や汗が伝う。自分は今、何の声を聞いている。位置情報だけならば発信機を付けてモニタリングしているのだと予想はつく。だが、被弾位置をコンマ数秒で伝えてくるなんて、監視カメラもなくどうやって。

まるで、この地上のすべてを見ているかのような。今こうしてスコープを覗き込んでいる赤井ですら遥か上空から覗き見られているのではと、錯覚してしまう。


『地点5J駐車場ホワイト男2女1』

『Head,head,head.All clear.』

『地点2L男』

『Heart shot.Clear.』

『三階ルーム地点B男』

『Head shot.Clear.』


この組織は、なんて得体の知れないものを飼っているのだろう。


『Over.』


終わりの言葉とともに通信の切れたヘッドセットを投げ捨てる。殲滅戦と銘打たれたこの任務。指示通りの人間のみ狙って撃ったが、出てきた人間すべてを撃ったわけではない。中には素通りさせた人間だっていくらかいる。その何人かは組織の下っ端としてライが何度か顔を合わせたことのある人間。けれど所詮は下っ端だ。幹部がいちいち顔を覚えるような人間ではない。こういう殲滅戦では誤って下っ端が巻き添えを食らうことは少なくないことだ。だが、指示は完璧だった。的確に仲間をすり抜けさせ敵だけの居場所を間髪入れずに伝えてきた。まさか、下っ端全員の顔を覚えているのか。敵味方問わずすべての構成員を見分けて指示を送ってきた。コンピュータでもあるまいし、どんな魔法を使えばそんなことが可能なのか。

幽霊と会話していたと言われた方がマシだ。どんな仕掛けかは知らない。いくつの条件の上でこんなことができるのか検討もつかない。だが、これが組織との決戦で敵に回ると思うと厄介だ。張り込みも人海戦術も、場合によってはすべて見通される可能性が出てきたのだ。

組織を壊滅させるためならば何年だって潜る気だった。だが、これはさすがに予想外すぎる。さらに遠くなってしまった任務の終着点に赤井は舌打ちした。

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