if/末姫、黄奇人と結婚するってよ



(これのif)



目の前でいい年したおじさんが床に崩れ落ちた。持っていた書簡が室中に転がり、それにも構わず蹲って何事かをブツブツ言っている。恐る恐る耳を澄ませてみればとんでもなく丁寧で耳がかゆくなるほど下手に出た『ありがとうございます』だった。コワッ。姫様の外面も忘れて思わずすぐそばの袖に縋りつく。上から比較的重めのため息がつむじ辺りに降ってきた。


「何をしている」
「鳳珠のお嫁さんになってくださる奇特な御方がいらっしゃったのです。これが平伏せずにいられますか」


さりげなく私も一緒にdisられた気がする。え、感謝されてるんだよね? このおじさんいい人なんだよね?


「みっともないからやめろ。お前は私の父母か何かか」
「友人ですよ。だから喜んでいるのでしょう」


そう言う声が震えて聞こえた。この感じ、泣いてる。おじさんが床に突っ伏して泣きながらお礼言ってる。コワッ。コッッッッワ! さっきよりも縋る手が必死になった。


「ああ、これはご挨拶が遅れまして、とんだ御無礼を。お初にお目にかかります。私は戸部省侍郎を務めております、景柚梨と申します。この度はご婚約、まことにおめでとうございます」
「ぞ、存じています、景侍郎。祝いの言葉、有り難く頂戴します」
「なにとぞ、なにとぞ! 鳳珠を! 黄鳳珠をよろしくお願いいたします! 姫様の寛大な御心で! 見捨てず! 鳳珠が往生するまでっ……いえ、贅沢は申しません! せめて鳳珠が呆けて何も分からなくなるまでは添い遂げてあげてくださいよろしくお願いいたします!」
「おい」


選挙かな? ってくらい名前を連呼されても困る。姫様大困惑をそろそろ察しておじさん。


「景侍郎、どうか楽にしてください」
「いいえ、まだそのようなことは、」
「ええ、ええ、お気持ちは十分伝わりましたので」
「とんでもない! 私は恐れ多くも姫様からの確約をまだ頂戴できておりません」
「確約、ですか?」
「鳳珠と添い遂げる確約です」
「(ヒェッ)」


どんだけ私を捕まえときたいんだ。ええ、こわ。こわい。マジこわ。泣いた形跡ゼロのニコニコ人の好い顔でさらにやばばのばですわ。さっきから思いっきり下手に出た忠臣らしい態度の癖にここで私から言質を取りに来るとか。突然やり手の文官らしい戦法を取られても困る。我姫ぞ? 立派な箱入りぞ? 姫様スマイルの下で鳥肌立てながら気持ち強めに袖を引く。助けて婚約者さん。という必死のSOSがまったく受理されないとは何事じゃ。おじさんが平伏してお言葉待機中なのを尻目にあからさまに視線を送る。仮面のせいでまったく分からないはずの表情がなんだか怪しいものな気がしてきた。あっ、これアカン。不定期かつ通り魔的にやって来る婚約者さんのサドッ気だ。仮面つけたサドとか完全にアウトです。むりむりむり。私マゾっ気ないから全然楽しくない。やだこの空間変なおじさんしかいないじゃん。姫様泣きそう。だって女の子だもん……まだ十代だもん……。

…………めんっっっどくせえ! そんなん知るかいどうにでもなれコラー!

オロオロするのをやめてやけっぱちになるまでかかった時間は五秒。分かった分かった姫様は女の子である前に王族なんでしょ。王族らしくプライド持たないと臣下は助けてくれない。姫様知ってる。だって十年以上お飾りやってたからね! 今まで縋っていた黄色い袖を乱暴にペイッと投げて一歩。姫様らしい発声を心がけてお上品に口を開いた。


「安心なさい景侍郎。この命尽きるまで黄鳳珠と添い遂げる覚悟など、婚姻を決めたその時に既に済ませています」


ほうら汚い大人たちの大好物、言質ちゃんが今なら取り放題だぞ! 心して拾え拾え! 前言撤回しないから安心してね! だってこれでも王族だしね!

そもそも! 今日は結婚報告をしに来たんだよ! いつも婚約者さんがお世話になってるからって半分他人の兄上差し置いてやってきたのに! なんで言質の投げ売りせにゃならんのか! 遺憾!! まことに遺憾!!!


「私たち夫婦のことであなたが気に病む必要はありません。今まで通りこの彩雲国のために汗水垂らして存分に尽力しなさい。分かりましたね? 景柚梨戸部侍郎」
「……承りました。数々の非礼をお許しください。鳳珠を、私の友人を、どうかよろしくお願いいたします」


ヤバいことしてるって自覚あったんかいワレェ。

今度こそ真面目に感極まっていますって涙目で微笑むおじさんに、こっちは逆に笑顔が引き攣る。優しそうな見た目に騙されてやり込められたのはこっちの落ち度だって分かってる。それでもちょっとした仕返しくらい、したっていいよね?


「許しません」
「はい。どのような罰も、」
「婚礼の儀で新郎の友人として祝辞を述べなさい。それで不問としましょう」
「は?」
「なんだと?」
「流れとしてはその後に新婦の友人の祝辞になりますが、生憎と私には友人などという方はいませんので、恐らくは身内代表として主上が言祝いでくださるのでしょう。彩雲国国主よりも先に言葉を紡ぐなどそうないこと。景侍郎は光栄の至りですね」


にっこり。


「それでは、主上への謁見の時間が差し迫っておりますので、名残惜しいですが失礼します」
「主上への、謁見、ですか」
「はい。景侍郎は婚約者様が大変お世話になった御友人とお聞きしましたので」


主上より優先して挨拶来たよ! という言外を頭がいいから完全に読み取ってしまったらしいおじさんが真っ青になる。うちのドロドロ希薄(矛盾)家族は置いといて、世間一般に結婚式のご挨拶で友人より後回しにされたら家族としては『は?』って感じでしょ。しかもこの場合の家族って玉座座ってる人だしねー怖いねー。まああっちは私のことなんて同じような毒親持った被害者同士くらいの認識でしょうけど。そもそも妹って思われてるのかは疑問だから挨拶の順番なんて気にしないっしょ。でーじょーぶでーじょーぶぁ痛ッ!


「やめんか馬鹿者。揶揄われた程度でやり返すな」
「嫁が困っているのに助けなかったくせに。叩くなんてひっどーい。暴力夫だ彩八仙に言いつけてやる」
「子供か貴様は。言いつけたところでどうなる。今さら婚姻を取りやめるか?」
「いーやーでーすぅー。死んでも黄姓名乗り続けてやるぅー」
「あの」
「上等だ。こちらとて離縁状は一生受理してやらんからな」
「望むところだイケメン仮面。首洗って一生待ってろ」
「すいませんごめんなさい私が謝りますから惚気はよそでやってください」
「惚気てない」


惚気てないです。



***



「楸瑛、このクソ忙しい時に主上は何を量産している」
「書簡……だと思っていたんだけどねぇ。大方、姫君の来訪が待ち遠しくて身が入らないんだろう」
「あの妹姫か? 先ほど黄戸部尚書と外朝を歩いているのを見たが」
「……なるほど、どうりで(実兄なのに後回しにされた主上、お労しい)」
「何かあるのか?」
「絳攸、ここに戻って来る途中でまた迷ったね」
「なッ!? ま、迷ってなどいないッ!!」
「あっはっは」


企画へのご参加ありがとうございます! 末姫ifで黄尚書とくっついた後の周りの反応でした。リクエストをいただいてから長くお待たせしてしまってすいません。景侍郎が大好きなのでガッツリ景侍郎を出してしまいました。兄上と意思疎通ができないまま嫁に行く末姫に「あちゃー」となる周り、面白いと思うんです。趣味全開の内容になってしまいましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。素敵なリクエストありがとうございました!

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