華やかなだけが花じゃない



華やかなだけが花じゃないけれど、別にその役割を全うする気は微塵もない。だから私は無知で可憐なそこらの花に擬態しよう。



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目を閉じて開けるコンマ数秒の時間で目の前の景色が変わるとは思わなんだ。とっても中華って感じの部屋と着物と雰囲気の中、背後の見知らぬ女官さんに髪の毛を梳かれる感覚。思わずうっとりしてしまったのは私が髪の毛をいじられることが好きだったから。なんか人に触られると項とか肩とかがいい意味で鳥肌が立つというかゾクゾクするというか。決して変態ではないのであしからず。名前も知らない花の髪飾りや簪やらが頭の上に乗せられ、ぼんやりしている内に支度が出来たらしい。白いスベスベお手手にぷにぷにお手手を乗っけて部屋の外に歩いていく。なんだこれ、いったい私はいくつの設定なの。地味に歩きにくい短い手足をいっぱい動かして着いた場所は異様に豪華で広いお部屋。どっか見覚えが有るのは気のせいかしら気のせいですよねそうだと言え。女官さんに連れられて途中で合流した見知らぬ綺麗なお姉さんの横に起立。階段上って目の前には真顔でふんぞり返るイケメン。おお怖い顔。無理やり着物の下で手を組む形を作らされ、重い頭が床にごっちんしない程度に頭を下げる。そこで気づいたのが私の着ている着物が紫だってこと。おいおい。



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いやに手っ取り早く生まれ変わりなるものを経験してしまったらしい。それも結構めんどくさい国のお姫様に。まあしばらくは私には関係ないし、気づいたところでどうしようもないとは人生詰んでるよね。世知辛いったらないね。女官さんにまた髪の毛を梳かしてもらいながら足をパタパタ。ちょっと怒られた。姫って何しても怒られるのねまったく。でも気持ちいいから許しちゃう。うっとり。まだまだ五歳か六歳程度の子供には重たい役割なんかないし今のところは楽な暮らしをし放題。じつは母上だったこの前の綺麗なお姉さんとはあれ以外合ってない。私が女の子で王様になれないからあんま近寄ってこないんだと。義母上兄上たちも同じ理由でアウトオブ眼中。大変よろしいことで。暗殺の心配もないし平和なことだ。期限付きの平和だけどまあ良しとしよう。機嫌よくふんふん鼻歌を歌い始めたら髪を結い上げる力が一瞬強まった。おい、これでも一応姫だぞおい。



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姫様業って意外とどころかヒマですね。私が引きこもりじゃなかったら発狂してたんじゃないかしら。楽器の演奏はそんなに好きじゃないしお花のセンスも我ながら微妙。今さら文字を覚え直したせいでスムーズにいかない読書も楽しくない。隅っこになんとかって有名な絵師が描いた小鳥が遊ぶ汚れのない真っ白な紙に墨でベタベタ落書きしてみる。習字の時間の後片付けって筆の墨を吸い取るって名目で半紙にめちゃくちゃ落書きするよね。そんで全面真っ黒になったら丸めてポイ。うむ、我ながら非生産的なことをする。これが姫の特権ってやつか。ごほん。背後から可愛らしい咳払いがして、いつもの女官さんが冷めた目で見ていたことに気がついた。もしかしてあなた私の専属さんですかさいですか。



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姫様といえど子供は子供。だから常識の範囲内でなにやっても許されるはず。散歩してきますとこれまた高そうな紙にでかでかと書き置きして庭に出た。運動は嫌いだが流石にあの部屋にいるのも飽きてきた。ふんふんいつもなら怒られる鼻歌を響かせて歩く。袖下にはちょくで入れてきたお饅頭がある。汚いとかなんだとかは気にしない。人間の胃液の凄まじさ舐めんな。色とりどりの花や果物や木を見て回ってたまに手折って振り回して、さあ帰ろうかと辺りを見渡したら不自然なものが目に映りこんだ。あーあーいたよ見ちゃったよ。回れ右したい気持ちと近寄っていきたい気持ちが半々だ。いや嘘七三くらい。茂みの影に隠れるようにしゃがみこむボロボロの次期王様、もとい兄上。これはどうするのが正解なんだろ。ここで恩を売っておいて将来に役立てるか見なかったことにしてつかず離れずの距離を保つか。ぼうっと遠くを見つめて、これまた見ちゃいけないものを見付けてしまうとはなにごとじゃ。うんうん唸っている時間はなさそう。近づいていって目線を合わせるようにしゃがみこむ。お互いちっちゃいもの同士身長差なんて全くないけど一応ね。袖の中にあるお饅頭を二個取り出して一個を差し出した。


「初めまして兄上。突然ですがひとつどうぞ」
「うえ?」


しばらく受け取らなかったけど、無視して自分の饅頭食べながら待ってたらおずおず受け取ってくれた。毒でも入ってると思ったんか。そのためにこちらも無理やり食べましたがうっぷ。すでに食べ過ぎてる感じがお腹的にキツイがまあいいだろう。これで第二公子さまも文句はあるまい。過保護なブラコン怖いわー。遠くから見つめちゃって、いくら美形でもストーカーは犯罪ですやめてください。食べ終わりしだい着物についたゴミを払ってすぐさま退散。兄上はなんも言ってこなかったから帰ってもいいよね。



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出る杭は打たれるって言葉は誰が考えたのかは知んないけど上手いこと言うもんだよね。地味すぎるのは飽きちゃうかもしれないけど、脚光浴びて有頂天ちょーきもちいって感覚麻痺っちゃってからじゃ遅い。杭よろしく打たれて突き落とされた時の落差が激しすぎる。だったら私はそれなりにつまらない日々でも我慢くらいはしようじゃんか。遠く離れたところで聞こえてきた誰かの叫び声は華麗に無視。多分、四人の兄上のうちの誰かでしょう。他称父上が病気でぶっ倒れてあのこわーいブラコン兄上が流罪にされて、ここ数年の怒涛の嫌な流れに乗る形で始まったのが兄上たちの王位争い。別名どんぐりの背比べ。前者二人の損失と明らか釣り合わない勝負が勝手におっ始まってそろそろ終盤ってとこかね。ひとつ上がった断末魔はあと数日しない内にもうひとつ上がるでしょう。となると四年続いた王位争いが終わって兄上の棚ぼたサクセス王様ライフのはじまりはじまりってわけね。はあ、どーでもいい。だって本当に私って蚊帳の外だったんだもん。危険とは遠い代わりに王族として忘れ去られてる感? お姫様は王様のおまけでいつか政治の大事な道具になるから殺さず綺麗にとっとくんだってさ。普通廊下のど真ん中でそんな話するかよマトモな神経じゃねえって思ってたら、兄上全員同じような認識っぽいから隠す意味はないんですって。お前ら仲良しじゃんとつっこんで差し上げたい。誰に見せるでもなく綺麗に手入れされた長い髪の毛を弄る。酷い飢餓に喘ぐ国民の皆様には大変申し訳ないがこっちは食うもん食って髪の毛先まで栄養満タンでっす。なんかしてあげたいとは少なからず思っていたけど、下手に動くとこっちも危うい。新しくにょきにょき生えてきた杭だと思われかねないからね。長い毛先を鼻の下に持ってきて一発ギャグチョビ髭! って遊んでいたらいつもの女官さんにめってされました。はいはいさーせん。



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気が付けば16歳。この国の価値観的には女真っ盛りらしい。縁談の山を冷めた目で無視して手を振った。見知らぬボンボンなんぞと結婚したくはない。権力争いしてる貴族とかまず論外。平和が一番今のままが最高。ということでお片づけよろしくお姉さん。今日も素敵な手さばきで髪を結い上げてくれる女官さんにわたくし大変満足である。うん、いろいろ混ざった。王位争いが終息してしばらく。もうすぐ兄上が王様になるだとかでこれを期に王妹になる私を取り入れておこうという皆々様のご算段らしい。馬鹿か、馬鹿なのか。こちとら兄上とやたらめったら会うような関係じゃないんだぞ。よしんば仲良しこよしの麗しい兄妹だったとしても兄上は第二公子様に王座明け渡す気満々だから私が嫁いだところで手心加えるはずないし。となると王族の血入れるくらいしか相手方にメリットがない。そして重要なのはわたしにメリットがない。誰が外になんぞ嫁ぐかボケェ。イライラを押し込めるために袖の下でこっそり手遊びをしていると名前を呼ばれてびくりと肩が揺れた。また怒られるのかと振り返った先で見知らぬお姉さんが戸口に立ってこちらを見ていた。いや、多分ちゃんと挨拶してたんだろうけど私が聞いてなかっただけ。だって旋毛から呆れたような視線がビシバシ感じる。ごめんて。うっすら口元を引いて目を伏せる姫様スマイルを向けて用を聞けば贈り物だと花を渡された。小さな紫色の花一輪を淡い色の懐紙で包んである妙にこじんまりした贈り物だ。賄賂だコネだとめんどくさいからもらわないようにしてるんだけどこれってどういうことですかねぇ。そういう意味を込めて見つめていると代わりに女官さんが叱ってくれた。叱るっつーか笑顔で淡々と言って聞かせるという精神的にクる攻撃である。しばらく笑顔対笑顔のおしとやかーな舌戦が繰り広げられたあと、渋々といった風に相手が出て行った。もちろん贈り物と一緒に。あーあー怖かった。また戻ってきたプライベート空間に肩の力を抜いて、今日はどの簪がいいかなあと見比べてふと思った。あれ、紫色の花って王族以外が贈っていいもんなんか。



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最近は引きこもり生活が輪をかけて酷くなっている。というのも以前行われた兄上の即位式で変なのに目をつけられたかもしれないからだ。ほとんど、というか官吏なんて男しかいないから私一人しか女がいない場でそれなりの格好でご挨拶したあの時にふと目を合わせてしまったイケメン基常春頭の視線がものすごくウザかったのである。自意識過剰にあらず。いや、たぶんだけど。ちょっと言い切れる自信はないけれど。でもわざわざ曲がり角で待ち伏せされてウインクばちこーんされたら鳥肌の一つや二つどころの騒ぎじゃないっしょ。そこいらの女官さんや花街のお姉様方はもしかしたら黄色い悲鳴をあげちゃうかもしれないけれど私は論外だ。何事にもだらしない人はいただけない。これが私だけにしてくれたアプローチだとしたら少女漫画のヒロイン的な思考でもしかしてトゥンクくらいするかもだけど相手が悪すぎる。やっぱ男の人は一周回って安らぎよね、と思い出すのは細目のあの方。男やもめとはいえ結婚してるし娘は私と同い年だしまずでっかい駄々っ子の相手が大変だが包容力は男性にとって大事なところだと思う。いや、あの人がある意味危ない人だということは知ってるけど。私があと二十年早く生まれてたらね。こんなおばあちゃんが若い子に言うみたいなことを思い始めるとは。むむむ。悔やんでも過ぎたことは仕方ないとして、問題は今だ。たまに後宮を歩いていると毎回別の女官さんを引っ掛けているあの常春頭さんがいつ後宮から足を遠のかせてくれるのか。少なくとも兄上が嫁を貰う半年後まで確実にここいらに出没する。半年。長すぎる。さすがの私も半年も引きこもりたくなんてない。なんとかせねばと考えて妙案が出てきたのがその日の寝る前のことだった。

そうだ、引越ししよう。



***



ひっさしぶり、といっても即位式から今の間なんて王位争いの間と比べたらかなり頻繁に会ってることになっちゃうけど。とにかく久しぶりに狸爺こと王族ラヴ爺に会いに行ってお引越しを認めさせました。はい、十年間慣れ親しんだお部屋とお引越し。後宮の入口から逆方向のこじんまりとした離宮にお邪魔することになった。ここ何年も使われていない割に手入れはしっかりされたそこは桜の木が一望できるとても素晴らしい立地だった。こんなところがあるなら最初から教えてよ。るんるんとした気分が隠せないまま荷物を運んでくれてる女官さんたちを眺める。前に住んでいたところより人通りが少ないし庭が近くて楽だ。これで好きに散歩ができる。引きこもりたい時は静かな時間を過ごせるしまさにいいとこ尽くしだわ。そう思っていたんだけどなあ。


「…………」
「…………」


時が止まるという感覚を初めて体験しましたとさ。いやいやそんな軽い感じで締められる状態じゃない。なんでここに仮面尚書がいらっしゃるというかなんで仮面をしていないというかなんでこんな抱き合うような体勢で至近距離から顔を眺めているのというかというかというか。混乱する頭の中で思ったのは私の第二の人生オワタである。だってこの人の顔見たら魅了されて廃人決定じゃないか見ちゃったよバッチリ至近距離で見ちゃったよ現在今なう。なにこれ、目線そらせないよ目が潰れるよなんだこのすんばらしいお目目。私だって王族特権でありえない美姫なのに自信なくすどころの騒ぎじゃないぞこれ。悶々と見つめ合ってしばらく。ふと私はあることに気付いた。廃人ってこんなにいろいろ考えられるっけ。意外といろいろ思うこと好きなだけ思っているけど未だに脳みそクラッシュはされてない。というか意外と平気かもしれない。あれ、もしかして私大丈夫? 廃人フラグへし折った? 恐る恐る他のパーツも見てみる。うむ、美しい。今まで目しか見てなかったけどパーツひとつだけでもすごい威力だ。でもなぜだか私には美しいと思うだけで頭の中が通常通りくだらないことばっか浮かんでいる。やっぱこれオタクだった弊害だろうか。あ、オタクって言っちゃったいまのオフレコで。なんつーか二次元のイラストだったら鼻血もんだったかもしれないけど、こう三次元の美人に置き換えられると、


「意外と普通ね……」
「!!!!」


え、ちょ、なんで目が大きくなったの。てか瞳孔開いてね? 怖くね? そこで私はいつまでも仮面尚書の上に乗っかったままだということに気付く。そうそう裏庭を散歩してたら仮面尚書に遭遇してびっくりして転けたところを下敷きになってもらったんだった。危ない地味に記憶障害起こってた。とりあえずそれなりに姫っぽい動作で上から退いて謝罪もそこそこに早足で立ち去った。戦略的撤退である。姫様は男慣れしてないから仕方ないってことで後で文でも送ろう。それで良しとしてくださいオネシャス。


無計画で書き始めて落ちもなく終わってしまった例。原作があやふやなのでこんなもんしか書けないです。見た目深窓の美姫中身ヒッキーなオタク。楽に生きたいクズ人間がなんとなく姫様生活。本当なら黄奇人の素顔を見ることで一生分の不幸を背負ったはずだったけどオタクフィルターは偉大だったの巻。

黄奇人大好きなのとウィキ先生のネタバレで黄家没落の危機みたいなことが書いてあったので奇人落ちにしたい。でも鉄壁の理性(笑)の理性を崩したい願望もあります。

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