参拾万打御礼企画 | ナノ
ライオコット島の休日


風呂上がり、与えられた部屋に戻る途中のことだった。
風丸もよく訪れる部屋から、不動が出てきたのだ。

思わず立ち止まり凝視しているとその視線に気づいた不動が顔を上げ、厳しい顔をしている風丸を見るや否やにやりと口角を上げた。


「不動、そこはごんべの部屋だろう。こんな遅くに何をしているんだ」


ついそう言ってしまったが、風丸自身も用があれば訪ねるし、円堂なんかは用事がなくても訪れごろごろしている。
だからそんなに目くじらを立てることじゃないと解っていたが、相手が不動だったことでつい出てしまったのだ。


「なんだよ、妬いてんのかー?」
「なっ!・・・不動、ふざけるなよ」


にやにやと笑われかっとなって言い返すが、不動は更に笑みを増した。


「お言葉だけどよぉ。オレを部屋に読んだのはあいつの方だっての。解るー?」


その言葉にぐっと文句を飲み込む。
ごんべはFFIが始まった頃から不動に構っているし、それはライオコット島に来た今も変わらない。
鬼道とも和解したとはいえ自ら関わってくることをしない不動にマネージャーたちもどう付き合っていいのか解らないらしく、必然的にごんべが世話を焼くことになっている。
それがごんべの立場上当然のことだし、彼女自身の性質的にも仕方がないことだ。けれど。

解っているが、気に入らない。
笑いながら去っていく不動を睨みつけた。



翌日の練習は荒れた。
風丸と不動がラフプレーの応酬なのだ。


「不動はまだしも、風丸がああなのは珍しいな・・・」
「何かあったのか?」


皆が首を傾げる先には、やけに不動に突っかかっていく風丸とそれを面白そうに煽る不動。
普段はどちらかといえば温厚で、鬼道を筆頭にみなが不動に噛みつく中でもそこまできつく当たることがなかった風丸が。こんな風に自棄になったように荒いプレーをするのはとても珍しい。



「そこまで!全員集合だ!」


春奈のホイッスルの後、久遠監督が声を張り上げた。
全員が集まったことを見回し確認した後、明日は一日オフにすることが伝えられた。


「各自好きなようにして構わないが、問題だけは起こすな。以上だ、解散しろ」


いつものように淡々と告げた久遠監督に、わっと沸き立つ。

サッカーが好きなのは本当だが、まだまだ中学生。それも異国に来ているのだ。厳しい練習の最中に設けられた突然の休みに一同の頭の中は明日をどう有意義に過ごすかでいっぱいになった。


そんな中風丸はぐっと手を握った。今の今まで不動を相手に苛ついていたが、この休暇の知らせはそれをいとも簡単に吹き飛ばした。

そう、風丸はこの日を待っていたのだ。
いくら世界大会とはいえ、身体を休めリフレッシュする為には休息は必須。
だから、その日のためにばっちりリサーチをしていた。


(ごんべと出かける為に・・・!)


ライオコット島のパンフレットを確保し、どこに行くかももう決めてある。
美食で名高いフランス、イタリア。フランスはコース料理だとか高級そうなイメージがあるが、イタリアのジェラートなんかはお手頃だしいいんじゃないかと付箋がつけてある。なんでもイタリア本国でも今人気のお店の支店が出ているらしい。


ぐるっと周りを見渡せば、円堂は立向居と自主練習の約束をしているし、鬼道、豪炎寺、吹雪の三人は何やら揉めているようだ。
今の内に誘おうとこっそり一団から抜け出し、監督たちと共に宿舎に戻ったごんべの後を追った。



「ごんべ!」
「一郎太。どうしたの?」
「ああ、明日のことなんだけどな、よかったらーーー」


玄関を入ってすぐにごんべは捕まった。
熱を持つ顔を見られないように視線を泳がせながら、準備していた誘い文句を言おうとする、が。


「おい名無し、監督たち行っちまったぜ。なんか話するんじゃねーの?」


計ったようなタイミングで背後から声が掛けられた。


「不動・・・」
「そうだった、ごめんね一郎太。先にちょっと話し合いしてくるから、また後でもいい?」
「あ、ああ。わかった・・・」


ごめんね、と手を合わせ駆け出すごんべの後ろ姿を見送った後、振り返って邪魔者を睨みつける。


「不動、おまえなんの真似だ」
「お〜怖い顔してんぜ、風丸クン」
「おまえこそ、昨日からやけに絡んでくるじゃないか」


今のタイミングは間違いなくわざとだ。
どういうつもりだといきり立つ風丸に、さも楽しそうに不動は偶然だと返す。

気に入らない。
ごんべが不動のようなタイプが嫌いじゃない、むしろ気に入っていることを知っているが故に気に入らない。
そしてつい最近からの付き合いだというのに、お互い理解しているかのような素振りがなお一層腹が立つ。


風丸とごんべの付き合いは円堂ほどでないにしろ、長い。
どれだけの付き合いだと思っているのだ。


ああそうだとも。
風丸は不動に嫉妬している。


腹の底でどろどろと暗い物が蜷局を巻いているのを感じる。このまま不動といればその汚いものを吐き出してしまいそうな気がして、ぎりっと奥歯を噛みしめその場を去った。





「一郎太、いる?」


部屋に戻り不貞寝をしていると、控えめなノックの後ごんべがひょこっと顔を出した。


「もう話し合いは終わったのか?」
「うん、打ち合わせだけだから。もっと早く来れるはずだったんだけど不動くんに捕まって」
「不動、に・・・」


嫌な予感がした。


「そう、明日の休みは自主練するから付き合えってーーー」


ドンッ!


「・・・一郎太?」


ごんべが目を丸くしている。ああ、驚かせてしまった。何でもないよと言って謝らなきゃいけない、そう思うのに身体は言うことを聞いてくれない。

ベッドを殴りつけた震える拳はどうやっても力が抜けない。


「・・・それで、明日は不動の練習に付き合うのか」
「え・・・」
「っ、悪い、出ていってくれないか。少し休みたいんだ」


このまま一緒にいてはごんべに八つ当たりしてしまう。残った理性を総動員して、戸惑う彼女を半ば無理矢理追い出した。


ごんべが悪いんじゃない。不動だって悪くない。

風丸だとて吹雪たちよりも早くごんべを誘おうとしていた。今回は不動が一歩早かったというだけで、ごんべが不動を贔屓しているとか優先しているというわけじゃない。


今度の休みにまた誘えばいい。それだけのことだ。


枕元に放り出されていたライオコット島のパンフレットをぎゅっと握りつぶした。




***



結局、せっかくの休みだが他の誰かを誘う気にも練習する気にもなれず。風丸は一人、宿舎近くの海岸で丸太に腰掛けていた。

海では綱海が立向居と木暮を相手にサーフィンを教えている。悲鳴や笑い声が聞こえてくる中、何をするでもなくそれをぼんやりと眺めていると。


「てい」
「うわぁ!?」



突如頬に冷たい物が押しつけられ、丸太から滑り落ちた。

一体何が、と頬に手を当て振り向けば、ごんべがしてやったりと缶ジュース片手に笑っていた。


その姿に昨日のことを思いだし、あまりに幼い対応だったと恥ずかしくなりごまかすように「何するんだよ」と文句を言うが、ごんべはそれには応えず今の今まで風丸が座っていたそこに腰掛けた。


「・・・不動と練習するんじゃなかったのか」


もしかしなくてもその辺りに不動がいるのではと見渡すが、それらしき影はない。


「付きあえって言われたけど、断ったよって言うつもりだったのに」
「え?」
「昨日。なのに一郎太、なんか急に追い出すんだもの」
「・・・なんで、断ったんだよ」
「だって一郎太が明日よかったら〜って言ってたじゃない」


何言ってるのと言わんばかりにごんべは片眉を上げた。


「一郎太が先約だからって断ったの」


当然のことのようにごんべは言った。
確かに誘うつもりだった。けれどそれは未遂に終わってしまったため、気にも留めていないのだと思っていたのに。

何の用かもわからず、誘いかも解らないのに風丸を優先してくれた。その事実に顔に熱が集まっていくのを感じる。


「それで、昨日の用事が何だったのか教えてくれない?」


砂浜に座り込んだまま顔を押さえる風丸を後ろから覗き込むように前かがみになったごんべ。

その声色から昨日の自分の癇癪の理由も全てが筒抜けになっていることを知り、ますます顔を上げられなくなってしまった。


「・・・一緒に、ジェラートを食べに行きませんか」


やっとのことで絞り出した誘い文句に、ごんべは待ってましたと頷いた。





「これ美味しい・・・」
「だな。なんかイタリアでも有名らしいぜ」


煉瓦道のベンチに並んで腰掛けて絶品ジェラードに舌鼓を打つ。濃厚なミルクの味が舌全体に広がった。

イタリアの運河を模しているのだろう。ゴンドラが浮かぶ河を眺めながら一昨日の夜からの一連の出来事を語った。
なんというか、あらためて言うとあまりにも情けない。


「で、不動くんの挑発に見事乗ったと」
「・・・・・・。悪かった」
「どっちかと言わなくても、悪いのは不動くんでしょう。まぁ一昨日から機嫌悪かったから、丁度いい発散相手にされたって所かな」


ごんべ曰く、一昨日の夕方出掛けていた不動は帰ってくると酷く機嫌が悪かったらしい。あまりの荒れようにマネージャー陣も怯えてしまったため、仕方なく部屋に呼び出し話を聞きだしたのだという。

なんでも、日本エリアを散策している時親子連れの日本人サポーターとすれ違ったらしい。
その時子供が不動を見て、


『あのお兄ちゃんへんなあたまー』
『こら、イナズマジャパンの選手だよ』
『えー。でも見たことないよ!』
『韓国戦で出ただけだからなぁ。あとはずっとベンチだったし』
『ふーん・・・。ばいばーいベンチのお兄ちゃん!』



と、いうことがあったらしい。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・それは、なんというか」
「うん、荒れるのも仕方ないと思って多めに見てたんだけどね」



それはそうだろう。
変な頭と言われるわベンチのお兄ちゃんだわ。あれほど腹の立った相手だが同情せざるを得ない。


「でも一郎太に当たるのはお門違いだから、後でちゃんとお仕置きしておくから」


とりあえず今日は遊ぼう?


ジェラードを食べ終わりパンパンと手を叩いたごんべに頷いて、その手を取った。
今日はまだたっぷりと残っている。久しぶりに誰の邪魔も入らないこの時間を堪能するとしよう。




余談だが、この日の夕飯時。
フルーツトマトの冷製パスタ、鶏肉のトマトソース煮、フレッシュトマトのサラダにデザートは特製トマトゼリーという特別メニューを前に、机に突っ伏してぴくりとも動かない不動がいた。



2011.10.07
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