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異世界ハニー

Step.4 海

 クラウチングスタートで走ってくるサボテンなど、誰が予想しただろうか。
「おかしくないっ? ねえ! おかしいって!」
 砂漠の真ん中を全力疾走する女に問われて、隣を必死で走る白い蛇は返す。
「あたしに言われたって知らないわよ! 今は逃げるのが先決じゃない!」
 蛇と女の背後には、全力疾走で追いかけてくるサボテンの群れがいた。
「あれ! あれ、知ってる! ファイ●ルファンタ●ーの!」
「ちょっと! 人間のセリフにピー音入ってるの生まれて初めて聞いたわよ!」
「神様なんでしょ、何とかしてよ!」
「あー、やだやだ! 困った時の神頼み! 普段は大して敬ってくれない癖に、こういう時だけ神様扱い! 実家に帰らせてもらうわ!」
「帰れるものなら帰ってみろやあーっ!」
 やかましい口論を繰り広げながら、生き物の体液を吸うチクチクした植物たちから逃げ続ける、一人と一柱。太陽はぎらぎらと輝き、砂に足が沈み込み、体力は容赦なく奪われていった。
「ねえ、なんか、サボテンも疲れてきてるんだけど!」
「よく分からないけど逃げるしかないわ! 構わず走りなさい!」
 サボテンたちが立ち止まり、膝? に手? をついて、肩? で息? をしているのを見ながら、あずきは走る力を振り絞った。
「ここでサボテンと同じく立ち止まったら泥仕合は確定だもんね! 砂漠なのに泥仕合! 砂漠なのに!」
「あたしそのダジャレ嫌い」
「あっはい、すみません」
 水神だけに冷ややかな声であずきを黙らせる銀秘命(しろがねひめのみこと)。
 するすると走る半人半蛇の神に追いつこうと足に力を込めたところで、あずきは少々違和感を抱いた。走りやすくなっている。少しずつではあるが地面がしっかりしていくような感覚を覚えたのだ。
 銀秘命の方へ視線をよこすと、水神はあずきに向かって小さく頷いた。
「地面に水分を感じるわ……」
「だよね、さっきから走りやすい」
 振り向く。追ってくる影はない。立ち止まる。疲労感があずきたちを襲う。
 ほんの少し歩いたところで、彼女らは地面が湿っている理由を知ることとなったのだった。
 海である。
 潮風の香りがする。ざん、と波が寄せては返す光景に、あずきは圧倒された。
 砂山が続く土地が、唐突に大量の水で中断されていた。
 ぼろぼろの桟橋に小舟が繋がれていて、小舟のそばでは男が砂を麻袋に詰めているところだった。
「すみませーん、助けてくださーい!」
 あずきは大声で呼びかけながら、砂の大地を進んでいく。
「大胆ね、あんた! なんでそんなに躊躇なく話しかけられるわけ?」
「ここで人見知りしてたらサボテンに追いつかれるかも知れないじゃん!」
 麻袋に砂を詰め込んでいた男が顔を上げ、得体の知れないものを見たかのような顔つきでこちらを見ていた。
 男が口を開く。
「ヴェーア、ズィント、ズィー?」
ぇー……何?」
 異世界の言葉だろう。訝しむ表情であずきと半人半蛇の彼を見つめる痩せ身の男は、船に砂袋を乗せ、さらに続けた。
「砂の国の者ではなさそうだな」
「え、あれ?」
 突然聞き取れるようになった言葉にぽかんとするあずき。そんな彼女の隣で、銀秘命が小さくため息をついていた。
「今のあたしにはこれが精一杯よ」
「……ヒメさん、何かしたの?」
「あんたのレベル一の信仰心で起こせる奇跡なんてね、異世界の言葉の翻訳くらいなのよ。もう力使い果たしちゃったから、何もできないわよ、あたし」
「……ただの蛇になったと」
「前言撤回、絞め殺すくらいはできるわ」
 状況が飲み込めない男の前で、半人半蛇と人間が下らない言い合いを始める。
 寄せては返す波に、小舟が揺れていた。