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異世界ハニー

Step.2 霧に包まれて

「ヒメさん、お届け物でーす」
 霧市中央に建つ恋虹(こいにじ)神社。鳥居の前に原付スクーターを停めて、蜜蜂あずきは境内へ入っていった。
「ちょっと、ヒメさんって何よ。ちゃんと銀秘命(しろがねひめのみこと)様ってお呼びなさいよ」
 あずきを出迎えるために本殿からするりと出てきたのは、直立した部分が約二メートルほど、地面に接して這う尻尾が約四メートルほどの、巨大な半人半蛇であった。人型の上半身は白と赤の水干と呼ばれる着物を着用しており、白く長い髪と、切れ長で赤い瞳を持つ男神だった。
「ヒメさん名前長いんだもん。贅沢な名だね、お前は今日からヒメだ! 分かったら返事をするんだ、ヒメ!」
「やだ不敬〜。参拝客とて許せぬぅ。祟ってやろうかしら」
「そんなことよりお届け物ですって」
「ああ、そうね、ご苦労様。やっと届いたわ、美顔ローラー」
 段ボール箱を受け取った銀秘命(しろがねひめのみこと)。彼は早速取り出したローラーで顔をマッサージし始める。判子など出す気配がない。
 神だからこそ許されるフリーダムというやつか。
「あんたも毎度毎度、人が良いわよねえ」
 銀秘命は顔をコロコロとマッサージしながら蜜蜂あずきを見下ろした。
「何が?」
 神にタメ口をきく不敬な女、あずき。
「何がって、スッポン配達よ」
 あずきからのタメ口など慣れたものなのだろう、気にも留めない銀秘命は、人間の女が着ているスッポンのマークが描かれたジャケットをちょいと指差した。
「あんた、そこの社員じゃないでしょ。なのに、忙しいから手伝って〜なんて言われたらほいほい引き受けちゃって。ご親切だわぁ、本当」
「でも給料出るし」
「そういう問題じゃないわよ。あんた便利屋扱いされてんのよ」
 半人半蛇のため息が、境内に虚しく響き渡る。手水舎のチョロチョロという水の音が、あずきの耳に心地よかった。
「ふーん……まあ、便利だとみんなが喜ぶし、いいんじゃないの?」
「もうちょっと自分の利益に目を向けなさいな。自分を安売りするのって良くないわよ。ていうか、あたしのことも安く見積もらないでちょうだいよ」
「え? いや、安く見たつもりはないんだけど」
「あのね、あんたが生まれてからの十九年間、口を酸っぱくして言ってるけど! 信仰心! この町の神様であるあたしに対しての、尊敬の念! 足りないのよあんた! 近所のかわいい蛇さん、くらいにしか思ってないでしょ」
「いや、かわいくはない……」
「かわいいっておっしゃい!」
「どっちかって言うと綺麗系じゃない?」
「やめて、よして、三百年前にあたしをふった男の、僕じつは綺麗系よりかわいい系が好みなんだよね〜、ってセリフが頭をよぎったじゃない」
「おお、長きに渡るトラウマ」
 空では雨雲がだんだんと濃くなっていく。午後から強い雨が降るという予報の通りである。おまけに恋虹神社に祀られている半人半蛇の神は、水神だった。
「あの男、他の女神と浮気してたのよ……何がかわいい系よ、あたしだってかわいくなりたいわよ!」
 銀秘命の叫びと同時に、雷鳴が轟いた。
「ちょ、ちょ、ちょ! 水神のテンション上がると雨が酷くなるからやめて!」
「あたしかわいいもん! ピッチピチの二百歳だもん!」
「二百歳で三百年前の浮気……わあー、計算が合わない!」
 ざっ、と一気に土砂降りになったのは直後のことだ。篠突く雨どころではない豪雨が町全体を襲った。辺りにはあっという間に水煙が巻き起こる。
 雨によって地面が冷やされ、それでもなお降り続く雨のせいで空気中の水分は飽和状態を迎える。
「ヒメさん! ヒメさん! やばいって、これ!」
「何よ、あたしの精神状態の方がやばいわよ」
「いや、これ、霧……!」
 そう、空気中の水蒸気が飽和状態になると、霧が起こる。
 一人の人間と一柱の神は、こうして濃密な霧に包まれることとなったのだ。