「おかしくないっ? ねえ! おかしいって!」
砂漠の真ん中を全力疾走する女に問われて、隣を必死で走る白い蛇は返す。
「あたしに言われたって知らないわよ! 今は逃げるのが先決じゃない!」
蛇と女の背後には、全力疾走で追いかけてくるサボテンの群れがいた。
「あれ! あれ、知ってる! ファイ●ルファンタ●ーの!」
「ちょっと! 人間のセリフにピー音入ってるの生まれて初めて聞いたわよ!」
「神様なんでしょ、何とかしてよ!」
「あー、やだやだ! 困った時の神頼み! 普段は大して敬ってくれない癖に、こういう時だけ神様扱い! 実家に帰らせてもらうわ!」
「帰れるものなら帰ってみろやあーっ!」
逃げている二人のやりとりを見てお分かりだろう。
この話はギャグである。
事の始まりは某県、霧市から。
この土地には、古くからこんな言い伝えがあった。
霧の日は残念な日。皆が怯えて閉じこもる。
虹の日は幸せな日。皆が祝って拍手する。
霧市は神隠しの土地。霧市は神の遊ぶ土地。
「ドゥンケルハイトさーん、お届け物でーす」
襟足が長いあずき色の髪を持つ女が、民家の前で声を上げる。スッポン配達、と書かれた上着を着込んだ、蜂蜜色の瞳をした女だった。
「誰だ……我が眠りを妨げし愚かな」
「ハンコお願いしまーす」
「……血判で良いか」
「ハンコがないならサインでいいですよ」
和風の民家の引き戸をガラリと開けて出てきたのは、吸血鬼然とした長身の男であった。家と住人に随分とギャップがある。
あずき色の髪と蜂蜜色の瞳を持つ女……蜜蜂あずきという名の彼女は、ドゥンケルハイトという突飛な名前の男に物怖じすることなく、サインを受け取って荷物を手渡すと、笑顔で原付に跨ってその場を後にするのだった。
「霧市の天気予報です、午後から強い雨が降るでしょう」
原付にぶら下げている小型のラジオから、女性の柔らかな声で予報が流れる。
「雨かー。雨上がりには虹が出るかな? 誰かが帰れるといいんだけど」
あずきはのどかに言った。
原付の隣をケンタウロスが走っている。そのまた隣を馬の頭に人間の足が生えた何かが走っている。いつもの光景である。
「ケイローン先生の隣を走ってるの誰ですか」
「ドロプスだ」
「ドッ……ご兄弟ケンタウロスの残りの部分でできてたんです?」
「半人半馬であることに変わりはない。大丈夫だ」
「何を基準に……ああ、元いた世界を基準にしてか」
そう、ケンタウロスは霧市の出身ではない。ドゥンケルハイトという男もだ。
霧市は、神隠しの土地。異世界に繋がる土地なのだ。
霧市はその名の通り、霧がよく出ることから名付けられた。
住人は霧を恐れて怯えていた。霧が出る日は、市の人口が変わる日だからだ。
霧は、元の世界から住人を連れ去る。外を出歩いていれば、あっという間に別世界へ連れていかれるので、皆が戸締りを強化し、家から出ないようにしていた。
元の世界から住人を連れ去るという特徴は、何も霧市に限定された話ではない。別の世界に住んでいた誰かが、霧のせいでこちらに連れて来られてしまう現象も相次いでいた。
霧の日は残念な日。と言われる由縁だ。
それに対して虹が出る日は非常にめでたい。
霧市の虹は異世界に行った者を連れ戻す。
別の世界からやって来た者は元いた場所へ帰れるし、別の世界に行ってしまった者もまた帰ってくるのだ。
「次の配達先は……恋虹神社ね、オッケーオッケー」
霧市の雨音区で、原付が唸りを上げる。