×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

酢田みちる



「うわあっ」
 翌朝、酢田みちるさんを起こしに行こうと部屋へ入った僕は、悲鳴のような声をあげていた。
 仕事用の本棚には黒魔術やビスクドールの冊子が並び、天井から下がった電灯には黒いレースの布が被せられ、部屋の中央に置いてある丸いテーブルには魔法陣が描かれた大判の布が敷かれていたのだ。
 さらには黒くヒラヒラしたものがついた服が床に畳んで置かれていて、黒猫のぬいぐるみが仕事机に置かれていた。
 魔改造だ。
 僕の部屋が酢田みちるさんの趣味に彩られている。
 昨晩一度も部屋から出てこなかったのは、この模様替えのせいか。
「女性の部屋に勝手に立ち入るなんて、不躾な方ですね」
「わあっ」
 背後から潤った声がかけられ、僕は驚いて飛び上がる。見ると、酢田さんが紺色のセーラー服に袖を通して立っていた。
「女性の部屋って……ここは僕の部屋で」
「諦めていませんので」
「は?」
「助手になることを、私は諦めていませんので」
 バタン、と扉が閉められる。塩見さんの妹だという彼女は、部屋の中でごそごそと何かをしているようだった。おそらく模様替えの続きだろう。あのボストンバッグに詰められた物たちを解放しているのだ。
 僕はがっくりと肩を落とし、塩見さんの元へ戻る他なかった。

「魔法陣?」
「そんな感じのテーブルクロスがかけられてたんです」
「馬鹿だねえ、君。魔法陣っていうのは、フィクションの中で設定が加えられたものだよ。君が見たのは、元を魔法円というんだ。儀式の際に術者が中に入って身を守るあれだろ」
「へえ……魔法円っていうんですか」
 二人きりで焼いたトーストにかじりつきながら、そんな会話をした。コンビニで買ってきたサラダを二人分の皿に分け合って、インスタントのコーヒーを飲む。
 塩見さんは酢田さんの分の食事を用意しなかった。それは流石に可哀想では、とも思ったのだが、きっと早々に帰ってほしい意思表示なのだろう。
「それにしても、まずいね」
「何がですか?」
「そうやって黒魔術ごっこを強化されることだよ」
 塩見さんの表情は曇っていた。彼女を追い出し損ねた僕をなじるように、じろりと睨めつけてくる。
「あの子は思い込みが強いところがあるって言ったろ」
「はい」
「部屋だの服装だのをそれっぽい要素で固めていけば、思い込みが更に強まるかもしれないってこと」
「本当に黒魔術が使えるようになるかもしれない、と?」
「誰もそこまで言ってないよ。それに近い怪異は呼び込むかもしれないけど」
 塩見さんの体質は、怪異を制御できるものではない。もし彼女が黒魔術を本格的に始めたら……それを止めることができるのだろうか。
 朝食を終えて食器を片付けている時だった。酢田みちるさんがリビングへやってきたのは。
 黒魔術の本を抱えて、黒くヒラヒラしたものがついたワンピースのような服装に身を包んだ彼女は、スカートをつまんで塩見さんに一礼。猫足テーブルの前に座り、菓子パンを一つ取り出して食べ始めた。
「ゴシックロリータかぁ」
 ざらりとした声が彼女にかけられる。
「僕、そういうゴテゴテした趣味はないなあ」
「兄さんはシンプルなものがお好きなんですね」
「兄さんって呼ばないでくれる?」
「パワーストーンに興味はおありですか、兄さん」
「ないよ」
 兄妹(?)の会話は、ひどく一方的に見えた。