×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

白と黒



 塩見さんが黒バラの手紙を捨ててから数日たった頃のことだ。担当編集の湖沼さんが珍しく、なんでもない日に家へやってきたのは。
 締め切りまでは余裕がある。手紙が来たわけでもない。ならばどうして、と彼を見て、そして彼の背後を見て、僕はなんと言っていいのか分からなくなってしまった。
 漆黒と呼んで差し支えないだろう艶々としたまっすぐな長い髪。まつ毛の長い、憂いを帯びたような黒い瞳。紺色で長袖のセーラー服と、大きめの黒いボストンバッグ。
 小柄な少女が立っていたのだ。
「あの……そちらの女性は?」
 戸惑いがちに尋ねてみると、僕の担当編集は困ったように肩をすくめて、彼女の方を見た。伏し目がちの美少女は、バッグを抱えたまま微動だにしない。
「酢田みちる、というらしいです」
 のそのそと足音がする。玄関での話し声が聞こえていたのだろう、塩見さんが僕たちの方まで歩いてやってきたのだ。
「す、酢田みちるさんって……あの手紙の?」
「蛇見谷という場所から新幹線に乗って、ヌゥの編集部まで来たそうなんです」
「な、なんで……」
「塩見雪緒という人を探しています、の一点張りでして。編集部の外にずっといるので、根負けして……」
「連れてきちゃったってわけかい」
 僕のすぐ隣で、ざらりとした声がした。機嫌があまりよくなさそうな声音だ。
 僕は思わず酢田みちるという少女と塩見さんを見比べていた。あまり……というか、全く似ていない。酢田みちるさんの肌も白いといえば白いのだが、血の気が通っていること前提の、健康的な範囲での白さである。うちの幽霊のような白さを持つ彼とは別物だった。
「塩見雪緒さんですね」
 落ち着いて、しっとりとした少女の声が響いた。
 今まで黙っていた彼女が、ようやく喋ったのだ。
「……あー、酢田さん、だっけ」
「みちるで結構です、兄さん」
「いきなり兄さんと呼ばれてもね」
「歳も離れていますし、混乱なさるのは無理もありません。でも、一目お会いしたかったんです、兄さん」
「一目お会いできたからもういいでしょ。それじゃあ新幹線でお帰り」
 相変わらず人間に対しては塩対応極まりない。自分の妹を名乗る相手であっても容赦なく、塩見さんは跳ね除けた。
 初対面の時は僕も冷たく、しかも目を合わせることなくあしらわれたっけ。
 苦い気持ちで彼を見ている僕をよそに、酢田さんは首を横に振って、塩見さんからの帰宅命令を拒否したのだった。
「それはできません」
「なんでさ」
 しっとりした声と、ざらりとした声の応酬。
 酢田みちるさんは僕たちを見据えて言う。

「私は実家と縁を切ったのです。帰る場所なんて、ありません」

「縁を切った……?」
 呆然とする僕。
「そりゃ厄介だね」
 僕の隣で唸るように呟く塩見さん。
 そんな僕たち二人に、大変疲れた様子で湖沼さんが言った。
「警察を呼びましょうか?」
「そ、それは可哀想では……」
「甘っちょろいな、佐藤くんは。単身突撃してくる行動力がある子供の恐ろしさを分かってないね」
「全くですよ」
 塩見さんと湖沼さんの辛辣な物言いに、僕は口ごもり、そして酢田みちるさんを見てしまう。真剣な様子の彼女を。
「い、一回、話を聞くだけ聞きましょうよ」