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手紙は奇なり



 月刊・ヌゥの編集部宛に届いたファンレターは、作家たちへと転送される。
 僕と塩見さんの二人で名乗っているサトウトシオ宛にもファンレターはちょくちょく届いており、今日も湖沼(こしょう)さんが手紙の束を持って家まで来てくれた。
 多からずついてくれたファンの中には、サトウトシオが一人の作家であると思い込んでいる人もいるらしく、どうすれば文章も絵も仕上げられるのかと不思議がる手紙もあって、大変微笑ましかった。
 僕たちは基本的に返事を出さない。
 数少ないファンを大切にするべきだとは思うが、僕よりもファンレターをもらう回数が多い塩見さんが返事をしない主義なのだ。
「はは……これも、これも、塩見さんの絵を褒める内容ですね。返事くらいしてもいいんじゃないですか?」
「不気味、不思議、怪奇的。お褒めに預かり光栄だけどね……僕は僕の仕事をこなすだけだよ」
 ほら、と塩見さんが僕に手渡すのは茶封筒。
 未開封の封筒には、ヌゥ編集部気付サトウトシオ御中と書かれている。
「良かったね、君宛だよ」
 中を見たわけでもないのに塩見さんは言う。
 受け取って封を開けると、そこには僕のエッセイ風怪奇譚を楽しみにしているといった内容の応援がしたためられていた。なぜ分かったのだろう。
 唖然とする僕をよそに、塩見さんは黒い洋封筒をハサミで切り、手紙を取り出している。白いインクで書かれた宛名は、サトウトシオではなかった。

 塩見雪緒様。

「塩見さん、これって」
「編集部に届いたらしいよ。まあ、僕も君と組む前は本名でやってたからね」
 ならばその頃からのファンだろうか?
 だが塩見さんは黒い洋封筒での手紙など初めてだと言う。
 黒バラが描かれた便箋を広げてみると、万年筆で書かれたのだろう、滑らかに踊る綺麗な字が並んでいた。

 塩見雪緒様
 一筆申し上げます。
 酢田みちると申します。私は貴方の妹かもしれません。

「えっ」
 覗き見をしていた僕の方が驚いた。塩見さんは目を細めて僕を見る。黒バラの便箋に青みがかったインクが映える手紙は、まだ続きがあった。

 この手紙を出したきっかけは、私の十七歳の誕生日にまで遡ります。
 真利江という名に覚えはございませんでしょうか。母、真利江は十六歳で子供を産み、産んだ子を塩見桜子という女性の養子に出したと申しておりました。
 塩見桜子さんはその子にユキオと名付けたのだと母から聞き、昔から愛読している月刊・ヌゥの画家名一覧にあなた様のお名前を見つけた次第です。

「し、塩見さん……この情報、本当に妹さんかもしれませんよ」
 送り主の住所を見れば、美しい文字で蛇見谷(へびみや)と書かれている。
 突如として現れた妹を名乗る存在に、僕はすっかり動揺していた。塩見さんの過去を知る者でなければ、書けない内容だったからだ。
 しかし塩見さんは静かに便箋を畳むと、それを勢いよく丸め出した。
 ぐしゃぐしゃと音を立てて紙クズになっていくそれに、僕は息を飲む。
 ポイと投げられた便箋と封筒だったものが、虚しくゴミ箱へ吸い込まれていったのだった。
「し、塩見さん、なんで」
「なんでって、僕にとっちゃどうでもいい話だからね」
「ご家族かもしれないんですよ」
「僕の家族はばあ様だけさ」

 塩見さんが雑に扱った、唯一の手紙である。