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月刊サトウトシオ



 写真には、のたうつ黒い蛇の姿がはっきりと写るようになっていた。
 それが見えたのだろう。宮司が背筋をしゃんと正して、祝詞を唱える声を大きくし始めた。僕は夢中で写真を火の中へ投げ込み続けた。
 薄灰色の煙が立ち上っていた。
「フィルム切れだよ」
 塩見さんが最後の一枚を手に、僕の方へ近づいてくる。受け取った写真には、何も写ってはいなかった。いや、僕や宮司たちはしっかり写り込んでいたのだが、オーブ一つも見つからないほど、綺麗な光景しか写っていなかったのである。
「検証終了です、ありがとうございました!」
 知らないうちに汗をかいていた僕は、大きく頭を下げて宮司に、そして神社に礼をしたのだった。
 もちろん神社に許可を取って記事にさせていただいた。
 地名と神社の名を伏せるという条件で出来上がった原稿を宮司にチェックしてもらい、まずいところがないことを確認したのち、担当の湖沼さんに送っておいた。採用のメールが届く。二重に勝った気分だった。
「もしもし、取材費の件ですが」
 後日、神社からそう連絡が来るまでは。

 そうだった。取材費を振り込まないと。

 地味に、だが必死に戦っていた僕は、そのことをすっかり失念していたのだ。
 今、僕には金がない。神社の修繕費として寄付したせいで、取材費なんて呼べるほどまとまった金額など存在しない。これじゃあ詐欺だ。どうしよう。
 口の中がカラカラになるほど緊張した僕に、宮司は明るい声で続けた。

「あんなに頂けるとは思ってもいませんでした、ありがとうございます」

「……えっ」
「おかげさまで神社修繕が進みそうです。本当にありがたいことですよ」
 唖然とする僕に、それではまた何かございましたらご連絡ください、と宮司は言って、通話を切ってしまった。
 何が何だか分からない僕はただ一人取り残された気分で、瞬きするほかない。
「きし」
 彼の声が、背後で響いた。
「……まさか、塩見さん?」
「君の真似して、口座に振り込んでみたよ。お陰で僕も貧乏画家さ」
 肩をすくめる彼は、しかしなんだか上機嫌そうだ。にんまりとした笑みで僕を見て、ざらりとした声で言うのだ。
「さぁて、この出費は痛いなぁ。君、これからも原稿書いて、この取材費、いつか返してくれるんだろうね?」
 青白い肌をした彼の瞳は幽鬼のように僕を見据えていて、八重歯の覗く口は面白そうに歪められていた。
 僕は彼に借金ができたのだ。
 だと言うのに、嬉しかった。
「そこそこは、稼ぎますよ」
 震える声で返すと、塩見雪緒はきしきしと笑って僕を見つめるのだった。
「まさか父親を殴れる日が来るなんてねえ。君と知り合ってみるもんだよ」

 それから三ヶ月。竜崎駅はすっかり自殺の名所としては忘れ去られていた。
 借金総額を聞いて顎が外れるかと思った僕は、未だにそこそこ売れる程度の作家としてひいひい原稿を書いている。
 ただ、家賃がいらないというのは非常に助かった。
 返せるあてもない額を雀の涙で返済しながら、僕は今日も塩見さんの怪異話に耳を傾けているのだった。
「年ごとに位置が変わる方位神だけど、鬼門と裏鬼門は方位が変わらない」
「あ、そういえば」
「……物覚え悪いな、君」
 塩見さんの辛辣な物言いも健在だ。
「きし……しょげてる暇あったら原稿書きなよ、ポチ」
 真っ白な家で、僕たち二人は今日も暮らしている。それなりに、仲良く。