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奇策



「もしもし、わたくし佐藤と申しまして……」
 僕の提案に、塩見さんは驚き半分呆れ半分でため息をついていた。
「実は、心霊写真のお焚き上げをしていただきたいのですが」
 だが、この話題は塩見さんから出たものだ。
 いつだったか、僕を凝視するぎょろりとした目の美女をスケッチした塩見さんが、言ったのだ。
 霊の悪巧みを偶然撮影してしまって、阻止する事ができた例がある、と。
「お写真は今お手元にございますか?」
 電話の向こうで丁寧な声がする。僕は否定した。
「いえ、今から撮るんです」
「……はい?」
 竜崎にある神社の職員は、呆気に取られたような声を出して、僕に説明を求めてきたのだった。
 だから僕は説明する。単純な、だが、僕にとっては最大の作戦を。

「僕が怪異とコンタクトを取れることを利用して、心霊写真を撮らせるとはねえ」
 竜崎の神社はたしかに壊れていた。鳥居が若干斜めになっていて危ないので、何本もの鉄骨で支えてある状態だ。
 境内は綺麗に掃き清められていたが、社は洪水の被害の痕が未だに残っているようで、ところどころ変色していたり、ヒビが入っているようだった。
 その写真を、塩見さんに撮ってもらう。
 僕が撮っても何の変哲も無い風景しか写らないだろうが、塩見さんが撮れば、ほぼ確実に写り込むだろうと信じていた。
「で、その心霊写真を即お焚き上げしてもらって、霊を浄化するって魂胆ね」
 写真を撮る、炎で浄める。この一連の動作を何度も繰り返せば、浄めた分だけ畜生道に堕ちた霊の力は弱くなり、元の竜神の力は戻ってくるのではないか。
 そう考えたのだ。
 神社には、先代の神主が蛇となって取り憑いていますだなんて話せなかった。月刊ヌゥの取材として、そこらの不浄な霊をお焚き上げし続けることとその結果をレポートさせてほしい、と説明するだけに留めておいた。
「取材費はきちんと振り込みますので」
 僕のこの一言が効いたらしい。
 神社は訝しみながらも許可を出してくれたのだった。
 検証開始だ。
 井の字に組まれた薪に火がくべられる。宮司の祝詞が聞こえてくる。塩見さんはポラロイドカメラを手に、礼儀として本殿を写さないようにしながらシャッターを押していった。
 写真が吐き出される。画像がはっきりするまで少し待って、確認してみる。写っている。水滴のような白い丸がいくつもいくつも。オーブというやつか。
「お願いします」
 それを僕から宮司へ差し出す。宮司は祝詞を唱えながら、燃え盛る炎の中へ写真を投げ入れた。塩見さんは無言でシャッターを切り続けている。
「来た」
 ざらりとした声が、そうとだけ呟いた。
「み、見せてください!」
 慌てた僕が駆け寄って、まだ現像が済んでいない写真を受け取る。早く、早く早く。何が写っているんだ。ぼんやり浮かんできた絵を見つめて、僕の背中に電流のようなものが走った。

 画面いっぱいに、黒い鱗のようなものがいくつも写り込んでいたのだ。

「これもお願いします!」
 お焚き上げの火の中にくべていく。僕がなぜ興奮しているのかなんて、宮司たちには分からないだろう。
 とても地味だが、僕たちは今、怪異と戦っているのだ。
 塩見さんが撮る写真には、黒い蛇の輪郭がだんだんはっきりと写るようになってきた。それを次から次へと炎の中へ放り込んでいく僕の、なんと不審なことか。
 不思議そうに僕たち二人を眺めている巫女さんや職員の方たちは、オカルト雑誌の関係者は不可思議なことをするものだ、と小さな声で話し合っていた。
 浄めの炎で写真が溶けていく。