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塩見雪緒の話



 僕たちが町の人からのお土産を抱えて塩見さんの実家に帰ると、桜子さんはあらあらと笑って迎えてくれた。
 日は傾き始め、そろそろ夕方に差し掛かっていた。
 天ぷらのいい匂いが漂ってくる。桜子さんは僕から大根を受け取ると、お味噌汁にしましょうね、とあらかじめ準備しておいたのだろう鍋の中に、刻んだそれを入れるのだった。
「雪緒の近所づきあいのお手伝いをしてくれてありがとうね、ええと、お名前はなんとおっしゃるの?」
「佐藤といいます」
「佐藤さん。雪緒は昔から怪異にばっかり好かれて、人間のお友達がいなかったから、こうして家まで連れてきてくれてほっとしたわ」
「ああ、いえ、そんな……お友達というか、ただの居候なんですけど」
「居候? あら、まあ! 家に人を上げることのなかった雪緒が? 今、一緒に暮らしているの? まあー」
 ……塩見さんの機嫌が良くない。
 自分のことをペラペラ話されるのが嫌な気質なのだろう。塩見さんは桜子さんが彼の性格を口にするたびに不満そうに眉根を寄せていた。
 体質のことを他人に言い触らしたら怖い目に遭ってもらう、という初対面での言葉を思い出した。流石に養母を怖い目には遭わせられないよな……と、少しだけ同情せざるを得なかった。

「竜崎のことならあなた達の方が詳しいでしょう。近くで暮らしてるんだから」
 夕飯をご馳走になりながら、桜子さんに竜崎駅のことを尋ねてみると、当然そう返ってくるわけで。それはそうなのだけど、聞きたいのはそうではなく、と口ごもってしまう僕を呆れたように横目で見ながら、塩見さんは口を開いた。
「僕の母親のこと聞きたいんでしょ、佐藤くんは」
「雪緒のお母さん……真利江ちゃんのこと? あら、どうして?」
「怪奇作家の先生は、なんか面白い話が書きたいみたいだよ」
「ち、違うんです! その、嫌な予感がして……竜崎にいる竜神が、人身事故の原因だったらって……そこで、竜崎に関するお話を少しでも聞けないかと」
 僕が聞きたいのは、神社の修繕が必要なかった頃の竜崎の話だ。大洪水で神社が壊れてしまう前の。それから、竜崎に住んでいたことがあるという塩見さんの生みの親の話も聞ければと思っていた。
「塩見さんが、神さまに呼ばれてるって言った時、僕、正直ぞっとしたんです。本当に連れて行かれちゃいそうで……」
「ビビりなの、佐藤くん」
「うう……」
 遠慮なしで僕を貶す塩見さんに、桜子さんは笑っていた。
 そこは叱ってくれても良かったのにな、なんて考えていると、桜子さんは話し出す。
「あまり面白い話じゃないのだけどね」
 語り口が、いつかの塩見さんとかぶった。

 真利江という赤ん坊を取り上げたのは桜子さんだった。真利江は六歳の頃まで鬼灯町で育ち、それから二つ向こうの県である竜崎に引っ越していったという。
 十年後、真利江は鬼灯町に戻ってきた。まだ十六歳だった真利江の腹は膨らんでいた。塩見さんを身籠っていたのである。
「真利江ちゃんのお母さん……雪緒のおばあちゃんが、これは処女懐胎だーって騒いでね。真利江ちゃんは俯くばっかりだったのだけど」
「僕のお母さんとおばあちゃんはばあ様だけだよ」
 塩見さんがムスッとしながらぼやくと、あら、と笑った桜子さんが、自分の天ぷらを塩見さんの皿にひょいと乗せた。
 遠慮なく天ぷらをもぐつく塩見さんを優しい目で見て、桜子さんは語る。
「どうも、竜崎にいた頃、男の人とそういうことになっちゃったらしいの。でも若かったでしょう、まだ十六歳よ。相手の方の立場もあったようで、誰の子か言い出せなかったのよ」
「立場ですか……?」
 桜子さんは頷いた。少しだけ、相手に対して怒っているようにも見えた。

「神社の神主さんだって、私にだけ話してくれたわ」