鬼灯町
「なんだってこうなるかなあ」
塩見さんはボストンバッグを抱えながら不満げに唇を尖らせていた。
夜行バスを待つ僕は、苦笑を浮かべるしかできない。
塩見さんのおばあ様に連絡を入れた時のこと。
竜崎という土地について何か知っていますか、と尋ねた僕に対して、おばあ様はあらあらと優しい声で笑っていた。
「雪緒のお友達かしら? 雪緒がお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのは僕の方でして……」
「雪緒のお友達、ぜひ一度お会いしたいわ。電話ではなんだし、お手伝いがてらうちに来てくださらないかしら」
「え? は、はあ……」
「じゃあ決まりね。楽しみだわ。来てくれるのは早ければ早いほど助かるわね」
終始ニコニコしていたのだろう。弾むような声でそう言われ、断る間も無く、塩見さんの実家にお邪魔することが決まってしまったのだ。
塩見さんが断れないわけが、よく分かった。
県を二つ跨いだ小さな町のバス停で、塩見さんの養母である塩見桜子さんは待っていてくれた。
上品なセーターとスカートを着こなす彼女は、塩見さんを見つけるやいなやぱっと顔を輝かせ、あらあらと笑う。
「雪緒がお友達を家に連れてくるなんて初めてのことなのよ。今日は天ぷらにしましょうね」
「ばあ様、それより竜崎のことについて教えてよ」
「雪緒がお手伝いしてくれたら話すわよ。町の龍脈のどこが乱れているのか感知して教えてちょうだいな」
僕は桜子さんの家に案内されて、さっそくお手伝いのお手伝いをすることになったのだった。
内容は簡単。塩見さんが感知した龍脈の異変を地図に書き込んでいくだけだ。
「町一つ分歩かされるから覚悟しておきなよ」
若干不機嫌な塩見さんが、僕を睨むように見つめてくる。
町一つ歩くだけなら、さほど広いわけでもないだろうし、不満に思うことなどないと思うのだが……。彼が何を嫌がっているのか、僕にはよくわかっていなかった。
「雪緒ちゃん、帰ってきてたのか! 漬け物食べていきな、漬け物」
「あらあ雪緒ちゃん、久しぶりねえ。その方はお友達なの? いやあ、雪緒ちゃんに仲のいいお友達ができて」
「雪緒ちゃん、自転車直してくれよ」
「おうい、雪緒ちゃんが知らん男連れてきたぞ!」
龍脈巡りはあっという間にご近所さん巡りへと変わっていった。龍脈だと言われる場所にはだいたい人家があるのだ。
僕は塩見さんの「仲のいい友達」としてもてなされ、庭になっていた柚子や、家で作った梅干しや、はたまたおにぎりまで頂くこととなってしまった。
「……怒涛ですね」
僕の呟きに塩見さんがぼそりと返す。
「覚悟しておけって言ったじゃない」
なぜか僕が自転車修理をさせられている中、塩見さんは雪緒ちゃん雪緒ちゃんと呼ばれて構い倒されていた。なかなか新鮮な光景だ。
裏の畑から大根を引き抜いてきたお爺さんが、僕が持って帰るためのビニール袋に、遠慮なしに突っ込んでいる。
「ああ、そんな、お構いなく」
「いいっていいって、持っていきな」
手を真っ黒にしてチェーンを繋ぎ合わせている僕へのせめてもの礼だそうだ。
「いい人たちですね、この町の方々」
「僕はあの距離感が苦手なの」
塩見さんはぼやく。たしかに苦手そうだ。僕がゆるゆる苦笑いしていると、塩見さんは、龍脈の乱れなんて嘘なんだよ、と言った。
「僕を町の人と関わらせるために龍脈を利用してるのさ、ばあ様は」
強かな人だなあ。