ネトゲと俺とブブ子さん6
「うっうっ……やっぱり、私!」
飲食店のゴミ箱が並ぶ路地で、俺はブブ子さんを抱き締めていた。片手には、つばの広い、彼女の帽子。
金髪とホストっぽい男の顔面にクレープを押し付ける、というベタな真似をした後、帽子をひったくって、彼女の手を掴み、逃げ出した。
追いかけてくる事はなかったが、なるべく安全な場所を探して走った。
「やっぱり、化け、物、なんだ! 私っ」
腕の中で泣き続ける、ベルゼ・ブブ子さん。
俺は言う。
「助けに来るのが遅れて、すいません」
「いいん、です、私が、化け物なのが、悪いんですから」
咽ぶせいで変な抑揚になりながら、彼女は返した。胸に顔を埋めて震えるこの人の、なんて辛そうなことか。
触覚も元気をなくして、白い髪の中に埋もれていた。
「けんちーさんは、優しい、から! だから、私に、無理して、付き合ってくれて、たんでしょう?」
一人で浮かれて、馬鹿みたいだ、と彼女は言った。抱き締める力を強くして、彼女の言葉に返した。
「最初は、そうでした」
ブブ子さんの息が、止まる。
「あなたの事を何も分かっていなかった時は、見た目に怯えたこともありました」
真剣に仲良くなろうとしてくれた彼女だ。この気持ちは真剣に返したい。言葉を続ける。
「でも、今日一日、ブブ子さんと遊んで、分かったんです。ブブ子さんは、何処にでもいる、普通の女の子なんだって」
驚いた彼女が顔を上げる。目が合った。
逸らさない。
「うそ」
「嘘じゃないです」
嘘じゃない証拠に、さっきからずっと抱き締めてるじゃないか。
気付いて欲しくて、わざと大きなモーションで再び抱き締める。
「あ」
小さな吐息が、青い唇から漏れた。
最後の駄目押しと言わんばかりに力強く笑いかけると、ブブ子さんの触覚が、ぴん、と上を向いた。
やっと、分かってくれたか。
「俺たち、ずっと、友達ですよね」
「……はい!」
涙声が、路地に響いた。
―― 一ヶ月もたたないうちに、ずっと友達、という約束は破られてしまったが。
楽園アルカナ・ネット。
『けんちー☆さん、あの、ブブ子さんってどうなりました?』
オフ会で逃げ出したネカマの一人に尋ねられた。興味本位で聞いてくるのが許せないが、真実を話そうと思う。
『友達じゃ、なくなりましたよ』
『あー。やっぱり! 分かりますよ〜』
絶交したんだと思っているらしい。俺は笑いかけたのを堪え、キーボードを打った。
『彼女のブブ子が呼んでるんで、落ちますね』
完
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