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ネトゲと俺とブブ子さん5

 ブブ子さんが選んだ映画は、がっつり女の子趣味の作品だった。不治の病にかかったヒロインとその彼氏が一途に愛を貫く、というありがちな話だ。
 俺にとっては退屈な代物である。
 ブブ子さんはヒロインに酷く感情移入しているようだった。ヒロインが笑えば彼女も嬉しそうに微笑み、ヒロインが病に侵されれば、両手を口に当てて涙をこらえる。
 映画鑑賞をしているブブ子さんを鑑賞していた。
「な、なんてこと」
 予想通りヒロインが死ぬシーンで、彼女はこらえきれなくなったらしい。スクリーンの中で号泣する彼氏に負けないくらい大粒の涙を零し、スカートをびしょぬれにしている。
 周りを見ても、ここまで泣きじゃくっている人はいない。純粋純粋と言ってきたが、寧ろ、大真面目なのかも知れない。
 エンドロールを迎え、観客たちが席を立つ。俺とブブ子さんも映画館を出るために立ち上がったのだが、彼女は突然驚いた顔をして固まってしまった。
「どうしたんです……わっ!」
 そして、勢い良く手を鷲づかみにされた。
 唖然として彼女の顔をうかがう。ブブ子さんは困りつくした表情で、ぽつりと呟いた。
「手を繋ぐのを、すっかり忘れてました」
 思わず噴出してしまった。
 俺はさりげなく手を握り返し、映画館を出た。
 帽子の奥で触覚(だろう、この棍棒みたいなものは)が小さく跳ねているのが見える。
 最初の頃は奇怪に映ったが、今では触覚の動きも可愛く思えていた。
「えっと、次は買い食いですよ、けんちーさん!」
 メモを取り出して告げるブブ子さんに頼み、もう一度内容を見せてもらう。
 三・二人で簡単なものを買い食いする。
 四・お揃いのものを買って親密度アップ、ね。完璧にデートだな。
 視線を隣に向ける。彼女の顔がやけに大きく見え、二人が異常に密着しているのだと気付いた。
 一枚の紙を二人で覗き込んでいるのだから無理もない。
 お互い、紙から目を離し、近くに屋台か何かはないか見回してみた。が、都合よく見つかるはずもなく、見えるのは並木道とブティックと、アクセサリーショップくらいだった。
「とりあえず、ゆっくり探しませんか? 三番目」
 握ったままの手を離さず、尋ねる。三と四の順番を入れ替えてアクセサリーを買っても良かったのだが、何故だか一緒に、のんびり歩きたかった。このレンガ造りの歩道を。
「はい、頑張って買い食いしましょう!」
 頑張ることなんだ、買い食い。
 一生懸命な様子で店や屋台を探し始めたブブ子さんに、微笑ましさを覚える。十分も歩かないうちにクレープの屋台を見つけたので、彼女の手袋で隠された手を離して、俺が買いに行った。
「待ってて下さいね」
「いってらっしゃい」
 傍から見れば立派なカップルに見えるんだろうか、俺たちは。
 初対面のときとは違い、早く帰りたい、とは思わなくなっている自分に気付く。カップルに見えるかなんて妄想が出るくらい、あの人に好意的であることに、今更ながら驚いた。
 ブブ子さんの中身をこの目で見たからだろう。他の女の子と何も変わらないのだとリアルで感じ取ったから余裕たっぷりなのだ。
『私、こんな姿だから、近所以外にお友達いなくて』
 オフ会でのブブ子さんの言葉を思い出す。
『人並みに友達が作れるって言ってもらえたから、つい、来ちゃったんです』
 今の俺なら、彼女の友達になれる気がした。
 イチゴとみかんの二種類を買い、大きな帽子を被った女の人を探そうと振り返る。自然とほころびていた俺の顔が、ブブ子さんを見つけた直後に凍りついた。
 泣きそうな彼女がいた。
 彼女の周囲を取り囲んで、嫌悪や恐怖の色をあらわにする野次馬が映る。
 彼女以外、みんなモノクロに見えた。
 ブブ子さんは。
 帽子を被っていなかった。
 何だ。
 何が起きた。
 目が勝手に彼女の帽子を探す。
 自分の頭に生えた触角を必死で隠す彼女。
 そのすぐ横で、帽子は浮いていた。
 違う。
 帽子は、金髪の男が持っていたのだ。
「げぇっ! 何こいつ、きっしょ!」
 金髪の男は侮蔑の表情で吐き捨てた。隣でホスト風の男がピアスを弄りながら言う。
「リアル化けもんじゃん」
 ブブ子さんに何てことを! 頭ではそう思っているのだが、体が動いてくれなかった。
 俺もついさっきまで、彼女の外見を気にしていたのだ。
 助ける資格なんてあるのか?
 一人でうずくまるブブ子さんに、あいつらは何度も化け物と吐きやがった。野次馬連中が助けに入ることもなく、俺の手の中では、クレープが萎びて生クリームを垂らし始めていた。
 どうする。
 彼女が顔を上げた。野次馬が悲鳴をあげた。
 青い顔を更に青白くさせて、ブブ子さんは俺を見た。複眼からは、涙が溢れていた。
 どうする、じゃねえよ。
 先程まで鉛のように重かった体が、バネでも仕込んであるのかと思うくらい勢い良く、野次馬に向かって突っ込んでいく。力ずくで押しのければ、ブブ子さんを軽蔑するのに夢中になっていた連中は、簡単に弾かれた。
 突然クレープを持った男に乱入され、金髪もホスト風も呆然とするほかない。金髪の手には彼女の帽子。取り返さなくちゃ。クレープが邪魔だ。
 だったら。

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