ネトゲと俺とブブ子さん3
「そろそろ、帰りましょうか。送りますよ」
ちょっとした罪悪感から申し出ると、彼女は本当に嬉しそうに笑った。普通の人間に親切にされたのは、初めてなんだそうだ。
「お住まいは?」
そう尋ねれば
「千葉県です」
俺も千葉県です。じゃあ、何市? と聞いたら、ブブ子さんは形のいい口で弧を描き、こう答えた。
「カモノハシ市です」
……どこだ、そりゃ。
「カモ、ノ?」
「カモノハシ。化け物に、端っこって書いて、化物端(かものはし)です」
それはまた、随分と嫌な名前の市だ。
「けんちーさん、妖怪っているんですよ」
市の名前に引っ掛けたつもりなのか、彼女は複眼をきらりと光らせて言った。
「はあ、それは、怖いですね」
等と適当な返事をしたが、どうやら正解らしい。ブブ子さんが大きく頷く。
「日本には昔からお化けが沢山いました。でも、段々疎まれるようになってしまって。ついに、化物端っていう場所を作られて、そこ以外に居場所がないようにされちゃったんです」
話は、変わっていなかったようだ。察するに、ブブ子さんも疎まれている存在なんだろう。
外見で恐れられてしまうから、ゲームの世界にこもり、平凡な人の顔を手に入れたかったのだ。
『人並み』に強い憧れを抱いて、今日ここに。
「ブブ子さん、すいません」
誰が悪いという事は、多分、ない。普通じゃない者を怖がる人たちも、普通じゃなく生まれてきた彼女も、何も知らなかった俺も。
けれど、参加者が逃げてしまった事は謝らなければと思った。今でも少しブブ子さんの見てくれにビビッているのも謝りたいが、流石にそれは黙っていたほうがよさそうだ。
「あなたに嫌な思いをさせてしまって、申し訳ない」
彼女は笑っていた。表情が寂しそうだったから、気にしてはいるんだと思う。
「けんちーさんのせいじゃ……ありません」
二人、隣り合って歩いた。
ブブ子さんは優しかった。
こんな姿に生まれていなければ、きっと性格のよさと純粋さで、幸福だったろうに。
多分もうオフ会で会う事はない相手だが、せめて彼女の気を晴らしたいと、他愛のない会話をした。
罪滅ぼしのつもりだった。
「ところで、カモノハシにはいつ着くんですか?」
長いこと歩いても、ブブ子さんがここだと教えてくれる気配はない。まさかとは思うんだが、人間をからかって楽しんでいるだけなのか。
「化物端は誰にも知られることのない、小さな小さな市ですから、もうちょっとです」
彼女は何度か帽子を直す。青い肌と、頭から飛び出た棍棒のようなものが、少しだけ覗く。
見てみぬふりをしようと視線を外した。
外した視線の先には電柱があり、俺達が進んでいくごとに番地が増えていく。県庁所在地の端っこまで来て、なんでもない商店街を通り、立ち止まった。
「ここですっ」
電柱を見れば、化物端一丁目、と確かに書かれている。
嘘じゃなかったのか。
目の前には普通のアスファルト道路。道を挟むようにして、両側に一般的な一軒家。
彼女はそのうちの一つに駆け寄り、俺に笑顔を向けた。
「送って下さってありがとう御座いました」
家の表札を見て、固まる。木の板にはカタカナで苗字が書かれているのだが。
「ベ、ベルゼ?」
日本国民には有り得ない文字の組み合わせだった。
「あ、はい! ベルゼ・ブブ子と申します」
ブブ子さん、本名だったらしい。
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