ネトゲと俺とブブ子さん1
『彼女に呼ばれたので落ちますね』
「くっそ、またかよ」
チャット画面に表示されるその文字に、俺は舌打ちした。
オンラインゲーム、楽園アルカナ・(ドット)ネット。俺がはまっているインターネット上のゲームで、今ではほぼ当たり前になっているキャラクターメイキングのシステムも例外なくついている。
大抵のプレイヤーが美形やビジュアル系にしたがるし、ゲームで会っても美形、リアルで会っても美形なリア充達が次々に彼女をゲットしていて、正直アカウント停止になって欲しいくらいだった。
失楽園アルカナに改めて欲しいものだ。
そんな失楽園でも、友達はいた。黒丸とU字だけで構成された、美人からわざと外れた顔を選んだプレイヤー。無闇に格好つけたビジュアルを選んだ俺とは正反対だった。
彼女のハンドルネームは、ブブ子。
チャットをしていても恋人がいるからと言う理由で落ちる事なんて一度もない、丁寧な口調の親切な人、というイメージだ。
ちなみに、俺よりも遥かにレベルが高い。
二五歳のオタク男が家でネトゲばっかりするのは、まあ、分かるとして。自称二○歳の女の子が俺より強くなる程ネットに浸っているというのは、どういった理由だろう。
「あ、また……」
『すいません、これから妻と食事なんで、失礼しますね! バーイ』
「つ…………」
しばしの沈黙。そして、絶叫。
「妻だとてめえぇ! ああぁ良いなあ俺も嫁が欲しいよ畜生ーっ!」
醜い嫉妬心がメラメラと燃え上がってきた。暑苦しい妬みの感情は俺の悪あがきスイッチを押してしまったようだ。
自分でも驚くほどのスピードで居酒屋のリサーチを始め、管理者に問い合わせて正式に許可を貰い、共用の掲示板にスレッドを作成するまでには、三日とかからなかった。
『タイトル・楽園アルカナ、オフ会の誘い
投稿者・けんちー☆
内容・恋人の居ない皆、オフ会で寂しさを紛らわせないか? 友達作ろうぜ。参加者、待ってまーす』
流石に嫁だの合コンだのといった出会いを求める書き込みは規制の対象だろう。大勢でわいわい集まって仲良くいこうぜ、で止めておきつつ、俺一人が真剣に交際相手を探すことにする。
名づけて、卑劣な婚活大作戦。
二五歳なんだ。そろそろ独身は厳しいんだ。リア充達には分かるまい。
かくして俺はオフ会の主催者となり、世界で一、二を争う、しょうもない作戦は始動したのだった。
『けんちー☆さん、オフ会を主催なさるんですね。大変ではありませんか?』
掲示板を見たらしい。行動エリアが同じである彼女(実際の性別は知らないが)が、いつもの礼儀正しい調子で話しかけてくれた。
『大丈夫ですよ、ブブ子さん。俺、みんなの橋渡しになりたいんです』
自分のためです、とは流石に言えず、好青年を装って嘘をついてしまう。
『すごいです! 皆さんの事をそこまで考えてるなんて、けんちー☆さんは優しくて素敵ですっ』
自分がついた嘘に返ってきたのがあまりにも純粋な言葉だったのに、俺の心は罪悪感で押しつぶされるかと思った。
ブ、ブブ子さん……!
『そうだ、ブブ子さんもオフ会に参加しません?』
ピュアな言葉に押されている苦し紛れというか何というか、ブブ子さんへ話を振る。すると、普段の人当たりのよさはどこへやら。
『え、あの、私は……』
すっかりしょげ返ったコメントが表示されたのだった。
『私、可愛くないですし』
チャット画面に打ち出された、次の一言。
自分の容姿に自信がないから、シンプルなキャラグラフィックを選んだのか。
『俺だって、本当は格好良くともなんともないですよ。(笑)でも、やっぱり人並みに友達欲しいじゃないですか』
『人並み、ですか? ……そうですね、分かりました。参加させて下さい!』
失礼な事に、誘っている時の俺はブブ子さんの見てくれがたとえ十人並みだろうと、口説くチャンスがあるなら構わないと思っていた。
だから人並みという言葉に反応した彼女の気持ちになんて、当然気づく事はなかった。
参加者は増えていき、男八名、女四名というところで締め切りを迎えた。正直むさ苦しいが、貴重な女の子四名と是非知り合いになりたいものだ。
恋人、結婚、リア充。それしか頭にはなかった。
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